第一章 新しい家族
引っ越し
僕は授業が終わると毎日真っすぐ部室に行った。僕を担当してくれている三年の桃井陽子(ももいようこ)先輩が一生懸命何も知らない僕につきっきりで教えてくれている。
一生懸命練習しなくては申し訳ないくらいだった。二歳の差ってものすごく大きかった。最初のうちは先生よりも大きな存在だった。
トランペットの一年生にはもう一人山華香織(はなやまかおり)さんがいた。同じクラスの神田陽太(かんだようた)君はチューバ。一年生の川井伸一(かわいしんいち)君はトロンボーン、安藤剛 (あんどうつよし)君はパーカッション。女子は上級生に混じっているとまだよくわからなかった。
授業も教科ごとに担当の先生が違うし、部活中心の毎日だったけど、毎朝学校に行くのが楽しかった。小学校のときみたいに友達に特別気を遣われなくなったからよけい自分の気持ちに素直になれた。
部活動は夏のコンクールに向けての合奏が多くなってきて、一年生も吹ける所から合奏に参加するようになった。練習のない日曜日に学校の楽器を持ち帰り、家で楽譜を見ながら練習していると、千恵姉ちゃんが僕たちの部屋に入ってきて、「ヒロ君すごいじゃん。できるようになったじゃん」と手を叩いた。
「この前、楽器屋さんで見たんだけど、トランペットっていろんな種類があるんだねー。ヒロ君はどんなのが欲しいの?」
すぐに必要なものではないし、何万円もするし、本当にお姉ちゃんに買ってもらっていいのか、ずっともやもやしていた。お父さんとお母さんと暮らしていたら買ってほしいとずっと言えなかったと思う。
僕ん家(ち)がお金持ちじゃないことがわかっていたし、トランペットはなくてはならない物じゃない。お姉ちゃんたちは僕たちを引き取ってくれた。それだけでも大変なのに、お姉ちゃんは僕に楽器を買わせたくて仕方ないみたいだった。
ほとんど家の中で動かなかったおばあちゃんが、片足を引きずりながら台所で料理を作ることを始めた。朝ご飯もおばあちゃんが用意してくれるようになって、僕のお弁当もおばあちゃんが作るようになった。
しばらく経って気付いたけど、その頃から千恵姉ちゃんの夜のアルバイトの回数が増えて、平日に早く帰ってくるのは週一日かせいぜい二日ぐらいになった。
僕たちが学校に行く頃、お姉ちゃんはまだ寝ていることが多く、由美は大好きな千恵姉ちゃんと顔を合わせることが少なくなって、毎晩のように、買ってもらった日記を書いていた。
「お姉ちゃんに読んでもらうの」由美はにこにこだった。近づいてじっと由美の手元を見つめていると、前の日のページを開けてお姉ちゃんの書いた所をちらっと見せてぱたんと閉じた。