しかしながら、当時私はいくつも仕事を兼務していたことから、伊藤さんに実際にご面会が叶い、ご挨拶したのは異動の辞令が出てから約2週間経過してからでした。結果、伊藤さんと面会するなり、「施設長として挨拶が遅い」と、激しいお叱りを受けました。

私は、伊藤さんのご指摘はごもっともと思いましたので、「本日のところは、遅ればせながら、ご挨拶と共に、またご面会の機会をいただきたい」とお願いをし、辞去しました。

私は、このような時には、必ず会って話をするようにしています。どんなに相手が怒っていようとも、必ず会って、相手の目を見て、しっかりと話をする。このようなコミュニケーションの取り方は勇気が必要です。

しかし、この会って話をする最大の長所は、相手に自分の考えがしっかりと伝わるということです。また、相手へのコミュニケーションでは、「言葉」だけではなく、「表情」「声音」「目線」「ボディーランゲージ」を、それこそ総動員して相手に伝えることができるのです。

だからこそ、落ち着いて話せば相手への伝え間違いが起こる確率が低いのです。老人ホームの施設長は、施設の責任者として、しっかりとした対応をすることが大切です。

抽象的な話が続きましたが、私と会うなり怒りをぶつけてきた伊藤さんは非常に発言力の強いといっても、何も無茶苦茶を言っているわけではなく、非常にスジの通った発言をされるということがよく理解できました。

後日、改めて伊藤さんにご面会し、お話させていただいた時には、私が正面から堂々と相手と話をする気質ということを分かっていただいたせいか、終始、ニコニコされていました。

では、なぜ伊藤さんは、私に怒りをぶつけてこられたのでしょうか。確かに「挨拶が遅い」ということもあったかもしれません。しかし本質はそこではなく、この施設の今度の施設の責任者が誰なのかということから来る不安を、私に怒りとしてぶつけてきたのではないかと思いました。

さて、伊藤さんと改めて面会が叶い、会話できるようになったところで、私は伊藤さんとの人間関係に「決定的な楔」を打ち込みたいと考えました。

伊藤さんと生い立ちから現在までに至るまで、いろいろなお話をしました。その中で伊藤さんはA大学のご出身であると聞き、思わず閃きました。

実は私の学生時代の恩師もA大学の出身であったのです。そこで恩師に、ゼミナールで非常に厳しく鍛えられたことなどを伊藤さんにお話しました。