「だってさあ、三百円の鉢が2つ入ってるだけよ」
お年寄りは満足そうにうなずいて、鉢がダメになったら、また何か良いものを見繕ってくださいねと言ったそうだ。昼に戻った店長は上機嫌だった。
「あの篭さ、とりあえず蔓の在庫がある分だけ作ってみてくれないか。市場で蔓も扱ってるから、まだ仕入れられるけど。出来高で支払うよ」
有美が笑いをこらえていた。
「ついでに寄せ植えの方法なんかも勉強したらどうかな。技術が身につくと思うよ。これからは花屋も切り花を売るだけの時代じゃなくなると思うんだ」
夢を見過ぎて村に居られなくなったもんがおると、トシさんは言った。村を出てから思いがけず夢が夢でなくなりそうな……
美智子はまた村の仲間を思い浮かべた。美智子が働きに出ても、案ずるほどのこともなく東京での生活は過ぎ、気にかけていた由布子も少しずつ友達ができて明るくなっていった。美智子は仕事に打ち込めるようになり、苗鉢の名前や育て方を調べたりするのにも熱が入っていった。
店主は、市場にあったという園芸講習のパンフレットを美智子に持ってきてくれた。月に二回、土曜日の全日。大手の種苗会社の主催で半年が一期分になっている。老若男女取り混ぜて三十人の生徒がいる。
午前中は講義でいろいろな講師の話を聞き、午後は五人一組六平方メートルの花壇を与えられる。季節感や配置などを話し合いながら花壇を作ってゆく計画だった。
美智子のチームは、不登校の少年、OLから花屋に転職しようとする女性、定年後の再就職を考えている男性。もう一人の田村は商社の肥料部に勤務している男だった。中枢部から肥料販売という地味な部署への異動で、一時はやる気をなくしたが暇潰しに参加した土いじりで癒されたという。
美智子は土に触れるのがうれしかった。自分の性に合っている。土造りなど知っていることもあったが、花の世話や鉢の作り方などは新しい知識がたくさんあった。半年が過ぎて六個の花壇はそれぞれの趣をもって造り上げられていった。
花壇はボードの上に土盛りをして作られていたので、終了後はそのまま公園の敷地に移された。遊歩道に沿って、長方形の花壇が間隔を取って並べられた。辺りが華やかになったようで、みんなプロの仕事をした満足感に浸った。
終了式の後、美智子は田村と並んで公園を回った。