ここ数日、郁子の流産で来客が途絶えていた小山内家のリビングでは、姉妹の会話が尚もかしましく弾んでいた。
夏の日に秋風も混じり始めた午後の陽は、真夏とはまた違う煌めきをソファーの銀糸に含ませて、一見穏やかに時は過ぎていった。
亜希子の手土産は、郁子の大好きなあのチョコレートケーキだった。
近所に住んでいる郁子だって、三回に一度しか買うことができない。
限定四十個が開店と同時に瞬く間に売り切れるほどの人気ぶりで、それを開店前から並んで手に入れるのならまだしも、ぽっと通りかかっただけの亜希子が買えたことに郁子は驚いていた。
「ティータイムには少し早いけど、食べちゃおう」
亜希子の掛け声とともに仲良くお茶の準備を始めた姉妹は、キッチンに場所を移してもまだそれが当然のことのようににぎやかだった。
春彦はリビングから庭に降り立ち、郁子が大切に育てているハーブの中からミントを摘むと、キッチンにいる郁子の肩越しに手渡した。
『春彦さん、ありがとう!』普段ならこう言って甘えた表情と声で抱きついてくるはずの郁子が、振り返ろうともしない。その無反応さに異変を感じた春彦は、郁子の後ろ姿に言い知れない違和感を覚えていた。
春彦は亜希子がトイレで席を外した隙に郁子の腰を抱き寄せると、肩に顎を軽く乗せ息遣いや体温から郁子の体調を計ろうとした。
「無理しないで」
春彦に軽く身体を預けてくる郁子は、全身を僅かに震わせていた。