羅生門

「英良様」毘沙門天は言う。

「毘沙門天殿か? どうした……?」英良は答える。

「暫くの刻、我と一緒に来て下さらぬか?」毘沙門天は言う。

「英良様にはこれからも我等に力添えを頂く故に地獄の序の口を垣間見て頂きたいので御座います。宜しいか英良様?」毘沙門天は言った。

英良は頷いた。

「英良様は肉体を持つ人間。地獄へは肉体を持っては入れませぬ。ゆえに暫くの間、英良様の幽体を肉体から離しますぞ」英良は黙っている。

「我の剣、これを強く掴まえて下され英良様。身体が痺れますが少しのご辛抱を」と毘沙門天が言うと本差しを腰から引き抜き英良の前に差し出した。

「こうですか?」と英良は言いつつ両手で剣を挟んだ。その瞬間、ものすごい衝撃が英良の身体全体を包み込み英良の身体は床から飛び跳ねた。

英良は宙に浮き自分の身体がソファーに横たわっているのが見える。暫く不安定な状態が続き、気が付くと英良と毘沙門天は街中にいた。

「我と一緒に来て下さるか英良様?」毘沙門天が尋ねると英良は頷いた。

ゆっくり大股で歩いている毘沙門天の本差しの剣先が上下に小さく揺れる。周囲の人達の目には毘沙門天と英良の姿が見えないためか、こちらへ目を向けようとはしない。英良は遅れないように毘沙門天の歩調に集中した。

大学生の集団が談笑しながらすれ違っていく。

男性が三人でそれぞれにブルージーンズとTシャツにスタジャンを着ている。

他に二人の女子学生がいて、一人はブルーのVネックのラッフルブラウスに良くコーディネートされたブルーのレディースパンツを穿いていた。もう一人はディズニーの絵柄がプリントされたTシャツにスタジャン。それに膝が破れたジーンズを穿いている。

よく見ると一人の男子学生は、視線がうつむいてどことなくネガティブな印象だ。前を歩くラッフルブラウスを着た活発な女子学生のリードに断り切れずについてきたようだ。周りの視線は気にならず五人とも周囲とは隔てられた異なった空間にいる。

少し遅れて男女のカップルが歩いてきた。よく見ると指を絡ませて歩いている。

男性は黒縁の眼鏡をかけており、白のワイシャツにレジメンタルストライプのネクタイ、ダブルブレストジャケットを着てグレンチェックのスラックスにストレートチップの革靴を履いていた。まさにこの日の逢瀬に用意した服装のようだ。頬はたるんで小太りでハンサムとはいえない。表情はこわばり、心なしか少し引きつっているようだ。

女性は髪が長く肩まであり、黒のスーツに紺のパンプスを履き化粧の濃い女性だった。瞳は漆黒で目が合った時には吸い込まれていきそうな妖艶さを感じ、ふと友人の母親に似ていると直感的に感じた。