数日の後、李吉甫が息を引き取り、後任の宰相には李吉甫と同じ抑藩政策を推奨する裴度が任命された。
裴度は宦官の政治干渉を排除しようと考える文武に秀で、立ち居振る舞いも立派な進士官吏であり、命の危険に曝された過去まで持っていた。裴度は以前、成徳、平廬両州の反乱鎮圧のため武元衡と共に禁軍を指揮して戦場へ出向いたことがあった。
その際、両名は刺客に襲われ同行の武元衡は暗殺され、裴度も重傷を負った辛い過去があった。その時、禁軍指揮官暗殺の報を受けた翰林学士の白居易（白楽天）は、即座に刺客の捕捉と暗殺計画の真相解明を命じた。
ところが、緊急時であっても翰林学士には命令を下す権限がなく、白居易の行いは職分を逸脱した越権行為だと、宰相の職にある李逢吉ら抑藩政策に反対する牛党の官吏や、裵度に敵意を持つ宦官の批判に曝され、逆に白居易は江州への左遷の憂き目にあってしまった。
裵度暗殺未遂事件の真相は闇に葬られ、その後も解明されることはなかった。
詩人として名高い進士官吏の白居易だったが、どちらの派閥にも属さずにいたため、非難の矢面に立たされ、派閥抗争の犠牲となったのだ。
派閥間の争いは時の経過と共に激しくなり、ついには暗殺を画策するほどになっていた。
その後の白居易は、党争を嫌って洛陽に職を求め、長安に帰ることなく生涯を終えたが、宰相の地位に就けなかったことを終生悔いたと言われている。
道士に勧められるがまま不老不死の丸薬金丹を飲み続ける憲宗の手足は、小刻みに痙攣、日に日に正常な思考力も失われ、躰は金丹に蝕まれていった。そんな憲宗の変化を目にする宦官達は、金丹を飲んでいた先の皇帝達も躰の痛みを訴え、訳もなく怒り出し、精神が不安定になると気付くようになっていた。
自制を失い凶暴になった憲宗は、大声で訳の分からぬことを叫び、剣を振り回して身の回りの宦官や宮女達を傷付ける凶事まで引き起こすようになってしまう。
「このままでは何時、殺されるか分からない！」
憲宗に仕える宦官陳弘志と梁守謙は身の危険を募らせ、常軌を逸した憲宗を、乱心したと言って毒殺してしまった。この時、憲宗は四十二歳、殺害に荷担した両名は処刑され、宦官吐突承摧は、次の皇帝に憲宗の次男公子李惲を皇位に即けようと動いた。
吐突承摧と対立する宦官王守澄は、憲宗の三男の李恒を皇帝に立て、反目する吐突承摧を殺害し、こともあろうに皇帝候補の李惲までも謀殺してしまった。
宦官達の熾烈な勢力争いに、公子と言えども都合良く利用されるだけの存在に過ぎない。
憲宗の後を継いだのは二十五歳の李恒、唐王朝十二代皇帝穆宗を名乗った。王守澄は若く御し易い李恒を後継皇帝に選んだに過ぎず、非力な皇帝に代わって、頻繁に政務に介入するようになっていた。
