駅の商店街の外れ「ほしの・化粧品・雑貨」の看板が見えてきた頃には少し気持ちが揺れていた。さんざん無視していた癖に、何だよ。どうして急に綾乃に呼ばれたのか考えてみても理由は思いつかなかった。
ただ、今日、早く帰宅した事に関係がありそうな気もした。だけど裏口に立った頃にはもう理由なんてどうでも良かった。昔の場所に自転車を止めた。そして久しぶりに店の横のドアーを開けた。ドアーの上に取りつけられていた鈴がチリンチリンと鳴った。
目の前に二階に続く急な階段があって、小学生の頃は猿のように両手両足を使ってダダダダと勢い良く駆け上がったものだった。純太は少し遠慮がちに上に向かって「前田です」と声をかけた。「純太だよ」とは言えなかった。
「上がっておいでよ」
と綾乃の声がした。綾乃の声は暗かった。
上がって直ぐにカウンターで仕切られたキッチンとリビングがあった。昔と変わらない匂いがした。綾乃は肩のあたりをくり抜いたグレーのトレーナータイプのシャツと短い丈のスカートを履いていた。私服の綾乃は少しオンナの子を意識させ俺をドキドキさせた。
「お兄ちゃんは?」
と聞くと
「多分、バイト」
と簡単な返事が返ってきた。
綾乃の兄さんの亮介さんは大学生だったが学校に行くよりバイトが忙しそうだった。
「優里亜ちゃんは元気?」
妹の事を聞いてきた。
「うん」二人はお互いの兄妹の事を話題にして少しでも親しく行き来していた昔の事を思い出そうとしていた。それは男子と女子が会っているという事ではなく、ただの幼馴染みだという事をお互いに強調したかったからかもしれない。