第一章 イマジン
「そうね。このところのお母さん、元気がなかったから」と瑠璃は心もとない返事をした。
「とにかく、素人の我々があれこれ言い合っても何の解決にもならん。明日大学に行ったら、いの一番に高瀬くんに訳を話すから、それからにしよう。今晩は寝るとするか……」と真一はウイスキーを一気に飲み終え二階の寝室に向かった。
瑠璃と華音は、テーブルの上にあったグラスを片付けながら「おおごとにならないといいんだけど……」と言い合った。
自室に入った華音は、いきなりベッドに飛び込み天井を見た。
おばあちゃんの癌の疑い、疑いですめばいいけど……。もし、本当に膵臓癌だったらどうしよう……、と。
華音には、もう一つ気がかりなことがあった。
華音は、高校の合唱部の顧問を担当していた。
華音はベッドから起き、窓側の椅子に座り、スマートフォンにイヤホンを接続し、来月の合唱コンクールの自由曲に決まった『イマジン』を聴いた。
決まるまで、一悶着あった。
合唱部・キャプテンの桜谷蓮音が、
「俺、最後のコンクールなんで、ジョン・レノンの『イマジン』を歌いたいんだけど、どうだろう」と合唱部員全員を前に提案した。
蓮音の突飛な提案に部員は呆気にとられ、
「ええぇー。お前の名前と同じだから提案してんじゃない」と男性部員の誰かが皮肉って大声で叫んだ。
輪をかけるかのように女子部員たちから、
「そうよ、そうよ。勝手に決めないでよ。レノンくん」とニヤニヤしながら隣りの人たちとヒソヒソ話を始め収拾がつかなくなった。
すると、副キャプテンの立川紗那絵が立ち、
「みんな、静かにして。桜谷くんの言い分も聞こうよ」と唇の真ん中に人差し指をあてた。
蓮音は厭な顔をして、
「俺は、自分の名前なんかで提案しているんじゃない。二ヶ月ほど前、北国テレビで、富山大空襲の特集番組を見た人はいる? いたら手をあげて……」と部員たちを見回した。
部員たちの約半分ぐらい手をあげた。