第1章 山本果音
七.居場所
果音と話した後、バーバラは改めて考えてみた。
「居場所か」
教室が居場所になる生徒もいるし、部活の時間が一番という生徒もいる。家が大好きで学校が終わると同時に小走りで家路を急ぐ生徒もいる。どれも、違う場所だけど、人には確かに居場所が必要だ。
ただ居場所は、ずっと居られる場所ではないこともあるから、厄介なのだ。保健室に生徒がくると正直嬉しいが、なるべくならこない方がいい。いや、こない方が喜ばしいのかもしれない。極端な言い方をすると、心と体が健康なら必要のない場所なのだから。
保健室は「居場所が見つかるまでの、居場所」なのだから。
ふと、果音のお気に入りのぬいぐるみに目が行く。
果音は未だにクマのぬいぐるみだと思っているが、実は犬なのだそうだ。
高校生の男子が「寄付」しながらそう言っていた。
バーバラは改めて保健室を見渡す。
ここは、色んな人の思い―「寄付」でできている。○○商店と書かれたタオル、育ち過ぎた観葉植物、ちぐはぐのクッション、ガラスが外れた時計、様々な色や形のコップや洗面器、電気ポットや足ツボマッサージ機まである。家では不要になったが保健室でならまだ使えそうなものを、生徒も教師も持ってきてくれるのだ。
寄せ集めの「善意」でできている保健室。一見、ガラクタだらけだけど、みんなの優しさや親切心のカケラが詰まっている。だからバーバラはこの場所が好きなのだ。
みんなの協力で、楽しい色に染まっていくように感じられた。
もっともっと、心がぱっと明るくなるような、そんな場所にしたいと思うのだった。
生徒たちは時に、ものだけではないプレゼントを置いていくことがある。
バーバラには、忘れられない言葉がある。三年前に卒業した男子生徒、馬場祐樹の言葉だ。
「僕、将来保健室の先生になりたいです。先生にたくさん支えられたから、今度は僕が支える人になりたいです」
「あっ!」と声が出そうになったが、バーバラはやっとの思いでこらえた。
「待っているよ! 馬場さん!」
そう一言だけ伝えた。本当は、養護教諭は女性だけだと思われがちだが、男の先生だっていることや、良い兄貴のように慕われている先生が多いということも、話してあげたかった。しかし、きっと泣いてしまってしっかり伝えられないと思い、短い約束だけにしたのだった。
馬場さんがくる日まで、もう一踏ん張りするか!