八.一緒に行こう
学校から帰ってきた果音は、部屋の明かりもつけずに泣いた。
いつものように母親と言い合いになり、食事もせずに部屋に閉じこもったのだった。
果音の母親は三つ違いの姉と果音をとことん比べた。顔やスタイル、髪質や頭の良さや性格……そして何より、姉が親の期待通りに育っていることを強調した。
「全く! お姉ちゃんのいいところを一つでも見習ったら?」が母親の口癖であった。
果音は最近、家では誰とも話さずに部屋に閉じこもることが多くなった。
(死にたい。死にたい。死んだらきっとお父さんに会える)
果音は机の上のスマホを手に取り、リナにメッセージを送った。
―私、死にたい。リナも一緒に行こう―
突然のメッセージにリナは言葉を失い、ただ茫然とスマホ画面を眺めるしかなかった。
次の日、すごい形相で保健室に現れたリナは、バーバラを見るなり話し始めた。
「先生、あのね。果音がね。一緒に死のうって言うの。驚いてしまって。果音には私が言ったこと、秘密にしてね」
バタン。いきなりドアが閉まる。
「え?」
リナは用件だけ伝えて風のように去っていった。
残されたバーバラは茫然としたが、じっとしてはいられなかった。すぐに担任と相談し母親と密に連絡を取ることにした。
「もしもし私、保健室の日高と申します」
「あ、先生どうかしました?」
「実は果音さんが自殺をほのめかしていまして、それで心配になりお電話しました」
「あ、全然気にしないでください。あの子の口癖だから」
「しかし昨日は、友達にも一緒に死のうと連絡したみたいで」
「死ぬ、死ぬって言いながら絶対死なないから大丈夫。じゃ、忙しいので失礼します」
そう言って母親は一方的に電話を切った。
バーバラはただ唖然とするばかりであった。
放課後、今度は果音を保健室に呼んだ。
「果音ちゃん、自殺考えたことあるって言っていたよね。その時はカッターナイフで、だったかな」
果音は何食わぬ顔で答える。
「はい。カッターナイフを持って、学校のトイレに閉じこもって。でも死んだ姿が不細工だったら、恥ずかしいじゃないですか。で、やめました」とあっけらかんと言う。
「最近は、考えないの?」
「ええ、しょっちゅう考えますけど。ああ、リナも誘いました。半分冗談だったけど。かなりビビってて、面白かった」
(あきれた! こんなに軽はずみに『死』を口にするなんて!)
バーバラは、湧き起こる感情をぐっとこらえながら、あえて明るく言った。
「果音ちゃん。死んだら、お父さんに会えると思っている?」
「もちろんです!」
「う~ん。それは難しいかな」
「なんで!」
果音の声が響く。
「家族のために頑張って働いて、病気になって、亡くなったお父さんの死と、果音ちゃんの言う死は同じなのかな?」
「え? 同じ……、です」
「先生はね、果音ちゃんのお父さんは、天国にいらっしゃると思うの。でも果音ちゃん、自殺は自分を殺すこと。殺人と同じだからね。天国にも行けないし、当然お父さんにも会えないよね」
「あっ!」
果音の目が、大きく見開く。
バーバラは果音の返事を待たずに言葉を続ける。「お父さんは、ずっと見ているよ。果音ちゃんのこと。きっと『死ぬな!』っておっしゃっているはず!」
それからしばらく重い空気が流れ、沈黙が続いた。