第一章 ネパールの大地へ
なぜネパール?
「ネパールに行ってきます」と言うと、みんなが「どうしてネパールなの?」と口々に質問する。ロンドン、パリ、ニューヨークなどなら、誰も聞かないだろうけれど。
私たちの旅先が、なぜネパールになったのか。それは、一本の映画から始まる。
二〇〇〇年八月、友人の部屋のポトスがすくすく伸び、艶やかな緑の葉が白い壁にひときわ映える午後。あまりの暑さに外出を避け、部屋で映画を見ることにした。数ある中から選んだのは『セブン・イヤーズ・イン・チベット』。雪山の景色の清涼感、ブラッド・ピット主演の話題作といった理由からだったと思う。
軽い気持ちで見始めたが、だんだんと映画の世界に引き込まれ、気が付くといつの間にか魂が揺さぶられるほど感動していた。一体、この感動はどこから来るのだろう。実話だからなのか、激動の歴史の渦に巻き込まれていくからなのか。はたまた、チベットに暮らす人々の謙虚な生き方、そして厳しくも美しい崇高な自然から来るものなのか。一人の登山家の生き方を根底から変えたチベット。しばらくの間、強い日差しに光るポトスの葉を見ながら、二人して余韻に浸った。
映画を見ながら互いの興味も膨らんでいた。友人はチベット仏教、私は祭りや踊りなどの音楽文化である。現地へ行って、この目で見たり、この耳で聴いたりしたい。そして、チベットの世界観を体感してみたいと強く願った。
次の瞬間、「これはもう、チベットに行くしかない」と意気投合。
イタリアへの旅行から六年、久々の海外旅行。思い立ったが吉日、その勢いですぐさま書店へと向かった。旅行ガイドを探して調べたところ、「チベットに一般観光客が立ち入りできるのは二月から一一月の期間」と書いてある。
つまり一二月と一月は旅行ができないというわけだ(現在は三月に限るらしいが……)。二人そろって海外旅行ができるのは、一年の中で年末年始のみ。夏休みは二人とも職員研修、学校や地域の行事などへの参加があるため、互いの日程を調整するのは難しい。
というわけで、瞬く間に私たちの夢は打ち砕かれ、やむなくチベット行きは断念することになった。しかし数日後、友人が新たな情報を得たと電話をかけてきた。
「ネパールならチベットから移住してきた人も多く、インドとチベット両方の文化が共存していて面白いらしい。ネパールに旅行してみない?」
こうして私たちは行き先をネパールに変更し、旅の計画を立てることにした。