第二章 ピカデリーホテル

翔は、ウエールズとスコットランド戦の激しい闘いを見て興奮していた。二チームとも各々二トライを決めペナルティキックの差でウエールズが辛勝していた。前半を終え通路を歩いているとあちこちでウエールズとスコットランドを応援する合唱が聞こえ、皆チームカラーの紙帽子を被り、旗を振って歩いていた。

翔はハーフタイムの笛を聞いた時に、イギリスに居る間に何としてももう一試合見るぞ! と決意していた。

翔の頭にはスタジアムのショップで買ったラガーヘッドギアが被さっており、その耳当てが両耳を覆うように垂れ下がって、傷を負った左耳はすっかり隠れてしまい、昨日の事件を窺わせるものは全く見えなかった。

翔はスタジアムに居る時に切っていたスマホの電源を入れると高垣からの伝言が入っていた。「直ぐ電話するように!!」と有り、その場に立ち止まって高垣へ急いで電話した。

高垣はロンドンサークルで昼を西田と一緒に食べた後、オープンカフェでコーヒーを飲んでいた時、翔から電話が掛かって来た。

高垣は電話に出ると直ぐ「翔! 今一体何処に居るんだ?」と聞き、翔は「ウエールズとスコットランド戦の試合会場にいます」と言って、日本で切符を買ったことから病院を抜け出た経緯迄かいつまんで話した。

其れを聞いた高垣はあきれるような声を出して、「もう!!」と声にならない声を出していた。その上で翔の傷の状態を聞くと未だ痛みと痺れは少し残っているが、ウエールズの試合を見ている時は全く気にならなかった、と笑って言った。

ラガーマンの高垣も笑いながらそれなら良い! と伝え、今ロンドンサークルに居るから来るように話をして電話を切った。

西田は高垣の話を聞き、心配して損をしたとプンプンと怒った顔をしていたが、直ぐに「良かった、良かった」と言ってちょっと涙ぐんでいた。

ロンドンサークルに翔が着いて、二人が居るオープンカフェの方へ近づきながらヘッドギアを取って申し訳なさそうな顔をして寄って来た。

高垣はちょっと小突こうとしたが傷を負っているのを見て思い出し、座るように示した。

昨日以来三人で顔を合わせ久しぶりに寛いだ雰囲気を味わった。三人共、昨日の事なのにもう何日も前の事のような気がしていた。

高垣は翔に「昨日の事で警察が状況を聞きたがっているので少ししたら三人で顔を出そう!」と話した。勿論、翔も西田も異論は無く頷いた。