次の日の鍛冶内は、朝から忙しかった。乙音が用意してくれた朝食を早々に食べ終わると、乙音には町を散策しに行くと適当なことを言って、昨日から行くと決めていた町の交番へと出向いた。
駅を挟んで、町の反対側にある町唯一の交番に着くと、運の悪いことに警官は不在のようで、サッシの扉も窓も完全に閉まっていた。よく見るとガラス窓の真ん中にプラスチック製の札が下がっていて、ただ今不在にしているので、用事のある方は下記に電話してくれと電話番号が書かれてある。
さっそく鍛冶内がその番号に電話してみると、相手は隣町にある柳瀬警察署で、今日1日この交番は不在なので、用事がある場合は明日来てくれということだった。仕方がないので、明日の朝9時にこの交番に伺う約束をして、次のターゲットを汐里が勤めていた隣町の印刷所に定めた。
まだ夏の初期とはいえ、この日の長山町は異常に暑かった。汗だくになりながら、駅まで引き返した鍛冶内は、運良く待たずに乗れた只見線で隣町の柳瀬町へと向かった。
「私が代表の村岡ですが…………」
少し怪訝そうな顔で、60過ぎの髪の薄い男が鍛冶内を見た。無理もない。8ヶ月も前に亡くなった従業員の話を聞きたいだなんて、何の用事で来たんだと疑われても当然のことだ。
村岡印刷所は従業員が20、30人ほどはいそうな、鉄筋2階建ての立派な社屋を持った、このあたりでは珍しいほどの規模の会社だった。
「私は汐里の父親の親友なんですが、その父親が生前汐里がお世話になっていた方々に遅ればせながら、お礼が言いたいと言ってまして。で、できれば生前の汐里の話も聞かせていただければありがたいと。ただ本人は病気で今寝ているもので…………」
鍛冶内は適当に事実をまぶした嘘で、なんとかこの男の信用を獲得することに成功した。
「汐里ちゃんねぇ。真面目な良い子でしたよ」
「本当に皆さまにはお世話になりました。で、何かあの子にまつわるエピソードはありませんか? 父親の千景が、汐里のことなら何でも聞いてきてくれというもので…………」
「エピソードですか…………。弱ったなぁ。あまり自分のことを話さない子だったから、勤めてから半年ちょっとだったけど、実はあまり知らないんだよね」
「こちらへどうぞ」
と、女性の案内で鍛冶内は応接室らしい部屋に案内された。村岡が女性に、無言でクーラーを指差した。
「ただとてもかわいい子だったから、うちの社員以外にも色んな男からご飯を誘われてましたよ。みんな断ってたけどね、ふふっ。後で聞いたら、付き合ってる人がいるんだとか。それを聞いて、みんな『それを早く言えよ』とかツッコミ入れてたな」
その時電話がかかってきたとかで、先ほどの女性が村岡を呼びに来た。