ただ、教員にとって部活動は本来の業務とは言い切れないし、トラブルの多い部を担当するのは重荷であることはわかる。熱心に指導すれば「厳しすぎる」と言われ、緩めれば「これでは勝てない」とクレームがくる。一旦、保護者との関係が悪くなると何をしてもうまくいかない悪循環に陥る。そう考えたとき、大きな〝不安〟が顧問にのしかかってくるのも確かである。

最近では働き方改革として、部活動を校外のクラブチームなどに委託する流れになっている。私もそれがいいと思っている。 

だから、顧問を希望する者がいなければ休部にするという選択肢もある。しかし、そうなると、保護者から「先生、なぜ顧問になってもらえないんですか」と責められる。

それを恐れて、管理職の意向で顧問を変更したという形をとることで、〝不安〟から逃れようと考えるのである。

多くの教員に〝不安〟が広がっている。そんな状態だから、管理職希望者は減る一方である。自分がなれば同じように、この難問に向かわなければならない。割に合わないと考える。

その結果、仕事もできず、周囲からの信頼もなく、職員室で浮いてしまった教員が居場所を求めて自ら手を挙げる。

それでも教育委員会は、候補者不足のため受け入れざるを得ない。当然、そういう管理職は職に就いたら職員から激しいバッシングを受ける。教員の〝不安〟が一気に噴き出すのである。それを見て、また候補者が減る。まさに悪循環である。

私は、このまま何も策を講じることなく、いままで通りの日常を続けていれば、近い将来公立学校は生徒や保護者から見限られてしまうだろうと思ってきた。だから、とにかく、教員の意識を向上させなければならない、ずっとそう思ってきた。

しかし、辞めてからようやくわかった。これは、教員の〝意識〟だけの問題ではない。教員は、これまでの〝信念〟が通じなくなり、絶えずつきまとう〝不安〟に大きなプレッシャーを感じているのだ。

そうであるなら、その〝不安〟はどこから生まれているのかを探らなければならない。そして、〝不安〟を抱えながらもなぜ、通じないと薄々わかっている〝信念〟に固執するのか、そこに目を向けない限り、教員は変わることができない。

【前回の記事を読む】なぜ自粛しているはずの部活動が行われるのか?原因は教員の「不安」にあった。