3. 比叡山焼き討ち

九月十日<岐阜城での軍議>

信長

「皆の者大儀! さて、浅井軍への再攻撃だが、此度光秀の努力で、将軍義昭公が朝廷より、朝倉との和睦の綸旨を賜わったことから和睦が成立し、朝倉本隊が越前に引き揚げた。

これを機に、双方一旦兵を引いた。しかし、小谷城を出て叡山の砦に籠っていた浅井勢を、間髪を入れず再度攻めたところ、残っていた朝倉勢と共に多くの浅井勢が砦を捨て、叡山に逃げ込み籠ってしまった。そこで叡山の坊主共に、彼奴らを叡山から追い出すよう使いを出したが、拒否されておる。

もはや勘弁ならん! 何が霊山ぞ・王都鎮護の聖域ぞ! 俗人山法師どもは浅井・朝倉軍と一緒になって、儂の『天下静謐』に逆らう逆賊共である。ここで手間取ってはおられぬ、一刻の猶予もないのだ! されば、叡山全体に火をかけ焼き払ってしまえ。ここに籠る全ての者を焼き殺し、刃向かう者をなで斬りにしてしまえ! 今度こそ徹底的に破壊し尽くし、後顧への禍根を断たん!」

信盛

「殿、お待ちください! 比叡山は天台宗の総本山であり、古より王都鎮護の聖域にて、焼き払うとは恐れ多いことでございまする。焼き払うのはどうぞお止めください」

信長

「何を! 年寄りが儂に説教するか! 光秀お前はどう思うか!」

光秀

「山門がどうしても否と申すなら止むを得ないと存じまする。この際叡山に攻め上り浅井・朝倉の一味はいわずもがな、荒法師共を徹底的に排除すべきと勘考致しまする。そのためには、叡山の伽藍や建物を焼くのも止むを得ないことと存じまする。

但し、その場合でも焼くのはできるだけ少なくに止め、むしろ麓の坂本地区の商業地帯を焼き払うべきものと心得ます。と申しますも、坂本は琵琶湖に近く交通の要所で、荒法師共は七か所に関所を設け通行税を取り立て、坂本の商人共とつるんで巨利を得ており、それが彼奴らの収入源となっておるからであります。加えて、叡山の高僧共は家族を坂本に住まわせ、悠々自適の生活を送っております」

信長

「それは儂も初めから申しておる。坂本を含め叡山全部を焼けと言っておる。責任は山門側にあるとは思わんのか! 他の者はどうだ、勝家や長秀や家老共はどうだ! 返事をしろ! 秀吉そちはどうだ!」

秀吉

「ひぇ! 上様のご命令とあれば火責め、水責め何でもやりまする!」

信長

「えい! どいつも情けない者共ばかりだ! よし、決めた! 坂本も叡山の一部だ! 光秀の申す通り、焼き尽くすのは坂本地区を重点とする。山門は中心である根本中堂と大講堂に、荒法師と浅井・朝倉の落ち武者を集めて閉じ込め、建物ごと焼き殺せ! 坊主も女子供も叡山に籠る者は皆同罪だ! 但し、朝廷に不安を与えないよう、京の守りは厳にしろ! 明後日十二日の早暁をもって実行する。光秀と秀吉が琵琶湖から坂本に上陸し先陣を切れ、勝家と長秀は後詰めとし、その他の者の攻め口はこの図面をよく見て、勝家が指揮に従え! よいか、者共、我ら二万の兵で叡山に籠る者共を一人残らず殺すのだ。叡山から荒法師共と落武者共一人も逃がすな! 儂は坂本の本陣で貴様らの働きを見ている!」

一同

「ははっ!」

勝家

「されば各々方、それぞれの持ち場を決め申す。明朝未明それぞれの攻め口から一斉に攻め上ってもらいたい」

一同

「承知致した」

【前回の記事を読む】岐阜へ戻り、体制を立て直すには…信長と秀吉を唸らせた「光秀の妙案」