第一章 発端
《十六夜の会 第四十節》
そうです。それは昨日、月ノ石資料館で浜村館長に見せてもらった例の同人誌の最新号のようでした。
「春子さん、この同人誌は?」
「なになになに?」
エプロンで手を拭きながら春子さんがキッチンから出てきました。
「この《十六夜の会 第四十節》ですよ」
「ああ、これ」
春子さんは眼鏡を取り出して顔にかけながら、
「ウチの旦那が昔参加していた同人誌。まだメンバーが少ない時に当時の幹事さんに頼まれて。旦那が亡くなってからも毎年こうして律義に送ってきてくれるのよ」
灯台下暗しとはこのことです。昨日この喫茶店に来た時は、目に留まらなかったのでしょう。
「旦那さんがこの同人誌に参加していたのはいつ頃のことなのですか?」
「え~っと。そうね、かれこれ三十年以上前だったと思うわよ」
春子さんは遠い昔を回想するような目つきになったあと、
「佐伯さん、なぜこの同人誌のことをそんなに気にするの?」
「話すと長い話になりますが、手短に言うとある人物を探しているのです。三十三年前に、この同人誌に無名で詩を投稿した人なのですが」
「そうなんだ」
春子さんはこういう商売の人らしく、それ以上は深く追及してはきませんでした。
「三十三年前ならうちの人も参加していた頃だと思うよ、ちょっと待ってね」
と春子さんは二階に上がって行きました。
春子さんが戻ってくるまでの間、私は複雑な思いに駆られていました。昨日会ったばかりの浜村館長に《聖月夜》という不思議な詩について語られ、いつの間にかその詩の作者を探す旅の相棒になっていた。そしてこれまた昨日ふと立ち寄った喫茶店の女主人が、その人物を探す有力な手掛かりを持っているかもしれないのです。
運命などは信じず、すべては人智の範囲内だと思っていた私も、一連のこの流れにはさすがに何か目に見えない力を感じないではいられませんでした。
「あった、あった、あったわよ」
春子さんが階段を降りてきました。
「うちの旦那が投稿していた頃の。ほら全部取ってあったの」
春子さんが嬉しそうに抱えてきた《十六夜の会》同人誌は、全部で十冊ほどありました。
「ね、見て。第三節から第十二節。なんだかんだ、あの人十年近くもやっていたんだわねぇ」
ということは、問題の第七節にも春子さんのご主人は投稿していたということになるのでしょうか。
私ははやる気持ちを抑えて、
「第七節を見せてください」
と春子さんに言いました。春子さんも今は私がモーニングを食べていたテーブルの向かいに座り、同人誌の束を広げています。
「第五節、第六節……ああこれね、これが第七節」
春子さんが渡してくれた《十六夜の会・第七節》は、資料館で浜村さんが見せてくれたものと同じものです。
「三田村剛って出ているでしょ。それが私の旦那」