夏生の下宿は階下が全て貸駐車場になっており、契約者の自動車が数台並んでいる。そして自動車二台分くらいが下宿生にあてがわれ、彼らの原付バイクや自転車が乱雑に置かれてあった。その二階に学生用の下宿部屋が長屋のように五つ並んでいる。夏生の部屋は一番右端にあった。

自室に入り、息を深く吸い込んだ。部屋の西側に一つだけある窓は半間の幅で、蛍光灯を点けないと昼間でも部屋の中は薄暗かった。吸い込んだ空気はほんのり甘く、少し重量を感じさせる湿っぽさがあった。吸い込んだ空気をゆっくり吐くと、先が見えない時間に何か軽く明るいものを感じる。

窓がある西側の壁は板張りで、これまでの下宿生がアイドルスターか何かのポスターやメモ紙などを貼り付けたのであろう画鋲の穴がいくつも空いていた。

入り口は部屋の東側にある。半間の開き戸には、その前に立つと顔の前辺りの高さに型板ガラスがはめ込まれ、採光と目隠しの役目を果たしていた。開き戸の右手に小さなシンクとガスコンロが備え付けられており、左手は半間の押し入れになっていた。

西の窓から差し込む陽光はだんだんと弱くなり、夏生の白いシャツだけがぼんやりとその存在を示しているようだった。仰向けになって目を閉じる。瞼の端っこに昨日までの一年がぼやけて見えた。

友人のほとんどが進学する中、夏生は近所にある農家の畑仕事を手伝いながらじっくり本を読む生活を選んだ。雨や風の強い日は朝から、晴れた日は畑から帰った夕刻から深夜まで手当たり次第に本を読む生活だ。

進学に向けた高校生活に「俺は望まないレールに乗っている」と感じたのは高校三年の夏。それ以来、進学に向けた準備を中断したのだった。

畑仕事の見返りで手にする多くない報酬は全て本代に変わる。土や野菜や豆たちを触り紙のページをめくる日々は楽しかったが、これこそ俺が求めていた生活だと思える日は来なかった。

一人じゃだめだ。志を一緒にできる仲間がほしい。秋が終わりかけ畑仕事の手伝いが必要でなくなった頃、夏生は去年の夏に中断した受験勉強を再開した。

座机しかない六畳間には音がない。仰向けで目を閉じているとスーッと暗幕が引かれていく。この部屋で四年間生活するんだなあ。本をたくさん読もう……。