翔は良く寝たようで、目を覚まして時計を見ると八時近くになっていた、一瞬でウエールズ戦のスタート時間十時を思い出し、立ち上がると上着をズボンの中に入れ静かに出口の方へ向かった。

ナースが翔を見て吃驚した顔をしたので翔は直ぐナースに「仕事がどうしても残っているので夕方には帰ります」と言うとナースは少し睨んで首を振り、手元の書類に目を戻した。

翔はひっそりした病院の廊下を静かに歩き、一階の大きいホールへ下りた。其処には待合のベンチに思い思いの格好で寝ている人がいて、警察官を囲んで数人が何かを話していた。

脇を通る時一瞬警察官に見られたが何も言われず、出入口から外の車寄せに出ると其処に居たタクシーに乗り込みピカデリーホテルへと向かった。

タクシーの運転手は慣れた様子で無言のまま走っている。

ピカデリーホテルに着くと翔は尻のポケットから財布を出し支払うとドアを閉め、階段を上がってホテルの中へ入った。

未だまばらな人の中を正面のエレヴェーターに乗り五階の角部屋505号の部屋へ向かった。カードキーをかざし開けて中に入ると入口傍のラウンドチェアに座り込んで、何故かホッとしながら少しじっとしていた。

病院でぐっすり寝たお陰で少しの痛みと痺れが残っているだけで疲れは余り無く、これからのウエールズ戦に思いを馳せ、立ち上がるとゆっくりと病院の白上着を取り右手で何とかズボンを脱ぎ裸になってバスルームへ入った。

先ずシャワーヘッドをバスタブの上に移し替え、シャワーキャップを左の耳の上に被せタオルで覆うとタオルの先を右手で上手に捻って鉢巻きにし先を鉢巻の輪の中へ押し込んで、バスタブの外から跪いて熱いシャワーを出し、左耳と左肩が濡れないように十分注意しながらゆっくりと髪を洗い顔や首回りも洗い流し、一気に今までの汚れと臭い匂いが消えていくような気がして益々スッキリとした気分になった。

ついでタオルを外してバスタブにお湯を溜めタオルを浸し軽く絞って身体を拭く事を何度か繰り返すと洗面台の鏡にはナースに褒められた太い首、発達した厚い胸、女性のウエスト程の太ももが映り、カモシカのような細い足首が足の速さを物語っていた。

バスタオルで拭いて出ると先程開けたトランクから下着・ラガーシャツを取り出し、顔をしかめながら左腕を通して着るとカーゴ風の黒いジーンズをはき、ミニソックスにラムダのランニングシューズを出して足を入れた。

外出の支度をすると急に腹が減っている事に気づいた。財布、パスポート、小物入れ、ハンカチをカーゴに押し込み出ようとした時、昨日の今日でもあり、樫の木に黒革を巻き少し飾りを付けたミニ警棒の留め玉を腰のベルトに引っ掛けてトランクを閉め部屋を出た。

ホテルの前のバーガーショップでタルタルステーキの載ったバーガーを三つとフレンチフライを食べコーヒーを飲むとやっと人心地が付いて、昨日の劇場の出来事が走馬灯のようにフラッシュバックし、あの王族達はどうなっただろう! と思っていた。

サリムは、ふと目を覚ますと周りは明るく車が何台も走っていた。時計を見ると既に八時前になっていてぐっすり寝込んでいたらしい。身体を伸ばしながら立ち上がり病院のトイレに行こうと歩き出した。

そうすると病院の出入口から病院の白い上着を着た男が出て来るのが見え、中の状況を聞いてみようと思って近づくと耳の所に白いパッドを貼りつけた若い東洋人で、王族のテーブルに飛んだあの若いやつだ! と直ぐ分かった。しゃがみこんで靴の紐を触る振りをしながら目の隅で動きを追った。男は病院の車寄せで待っていたタクシーに乗り込み行ってしまった。

サリムは急いで後を追おうとしたが、中々タクシーが見つからず電話を必死になって探した。最初に見つけた電話はコードが切れており直ぐ病院へ走って入り、電話ボックスからファイサルへ電話した。

電話にはジェッタが出て、「ファイサルは今イスラム所属の地下医師に診てもらい目の治療を終え下で眠っている。何か分かったのか?」と聞かれ、直ぐ「ファイサルにあの邪魔した男が病院を出て行ったと伝えてくれ」と言った。

ジェッタはそれを聞いて「多分ホテルへ戻るんだろう」と教え、「分かった、ファイサルに伝える」と言い、どんな格好かを聞いた。「よし、こっちで対応する」と言って電話を切った。

サリムは話し終えると息切れしホッとしてその場に座り込んだ。

ジェッダはサリムの話をファイサルに伝えようと治療を終え眠って横になっていたファイサルに近づき伝えた。

話を聞くと必死に起き上がろうとするが中々出来ない苛立ちを見せ、血走った片目でジェッダを睨み、痛み止めが効いて朦朧とする意識の中、ジェッダに「ピカデリーホテルへ行きやつを連れて来い! 連れて来るのが無理なら始末しろ!」と吠えた。

そして「はあはあ」と息をしながらベッドへ倒れ込んだ。

ジェッダは気を失って寝ているファイサルの元に女のエレラを残し、ダンとイマルを連れてキングスクロスの地下アジトから出るとピカデリーホテルへと向かった。