第二章「天の神様と土の神様」 ゆう
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私は思う。彼は、私に同情する気持ちで席を譲っているのだろうか? それとも、まさか私のことが好きだったりして。いやいや、それなら、もっと声を掛けてくれてもいいはずだ。いつも「いえ」とだけしか言わないのだから、恋愛対象として見てくれていないのかな?
「すみません。いつも席を譲ってもらって」私は、思い切って、彼に声を掛けた。
「いえ……」
結構、勇気を振り絞って私は言ったつもりですけど……。あっさりと返された! と思ったら、彼が会話を続けてくれた。
「知ってたんですか? 何か俺、かっこ悪いな。知らないと思っていたから」
「かっこ悪いなんて言わないでください。いつも本当に感謝しているんですから。それに、そのシトラスの香り、あなたの声にピッタリだなあと思っていました」言ったあと、私ははにかんだ。
「俺、好きです」
「え?」突然の彼の告白。しかも、朝のバスの中で。私は、一瞬彼が何を言っているのか分からなかった。
「いや……その……あなたのその匂いが。……伊集の花の香りですよね?」
私は、息をするのも忘れていたらしい。「ふう」と一呼吸おいて、彼に話した。
「そうだったんですね。伊集の花の香りを嗅いだことがなくて……これは、母からのプレゼントなんです」
十八歳の誕生日に、母は香水をプレゼントしてくれた。理由は、「あなたは、おしゃれに無頓着なんだから、せめて、香水ぐらいつけて大人の女性としての嗜みを心掛けなさい」だそうだ。
私は思う。そもそも母は、目の見えない私の世界を分かっているのだろうか?
いつも「もっと、おしゃれを楽しみなさい」と言って、私に服を当ててくる。まるで、お人形遊びの着せ替えをしている子どものようにはしゃぎながら。でも、何を着ても同じではないのか。と、思う。だって、私には着飾った自分の姿なんて見えないのだから──。
「伊集の花は、こんな香りがするのですね」
「はい。甘くて優しい香りです。あなたに、とても似合うと思いました」と、優しい彼の声。
「ありがとうございます。その言葉、母に言ったら、とっても喜ぶと思います」
母の喜ぶ声が聞こえるようだ。
「国立大学前」と、バスのアナウンスが流れる。私は、このバス停で降りなければならない。
もっと、話していたかったな──。
プシューと、バスの扉が背中の後ろで閉じられる。