鍛冶内は、苦悩に打ちのめされている哀れな男を一度視界から外し、只見川の水面に浮かぶ偶然の波形を見つめながら、あれこれと考えを巡らせていた。千景が腑に落ちないと思っているこの一連の出来事には、確かにどこか妙なところがある。大体、若い娘が睡眠薬を飲んで入浴したことによる溺死というのも、あまり聞いたことのない話だ。だが、仮に千景の心配事が実はまったくの杞憂で、ただ単に勘違いの域を出ないものだったとしても、旧友の最後の時間に付き合ってやるのは自分の務めなのではないだろうかと鍛冶内は思った。
……それに…………。
鍛冶内の脳内の中央部にでかでかと貼られて、細部まで鮮明に焼き付いて離れない「奥会津の人魚姫」の画像。昨夜、千景から見せられて以来、鍛冶内の脳裡に深く根をおろしているあの鮮烈な一枚が、ものを言いたげにしながら、彼に何かを訴えかけてくるのだ。「お願いしてる俺があれこれとわがままを言える義理じゃないのだが、一つだけ約束してくれ、鍛冶内。俺が疑っていることは、乙音には絶対に…………絶対に内緒にしてくれ」やつれた病人の陰がその印象をさらに倍加させているせいか、千景はひどく怯えたようなしわを顔に刻んで鍛冶内に懇願した。
「そしてお前にもう一つだけ頼みがある。ゆうべ寝床に就いてから思い付いたのだが、あの『奥会津の人魚姫』は、俺の棺桶に入れるまで、お前が預かっていてくれないか」