【前回の記事を読む】【闘病記コンテスト大賞作】一難去ってまた一難…家族の優柔不断さをあざ笑うような病魔の襲来
筋萎縮性側索硬化症患者の介護記録――踏み切った在宅介護
(三)てんてこ舞い、夜逃げ、朝逃げ、昼逃げ、大わら
また内緒の話をしようね、堀内さん。
これには後日談があります。
夫が旅立ち、遺体安置の寝台車で葬儀会場に向かおうとして私が車に乗り込んでいるとき、そっと私にささやく看護師さんがおられました。この件の方です。
「お母さん、私は堀内さんには大変にお世話になりました。これからは私一人でいろいろと決めなくてはならなくなりました。本当にいろいろと堀内さんには聞いていただき、どれだけ私は心が楽になったことか……」
私は一瞬耳を疑いました。
「口が聞けない人が、何ができると言うのですか。お世話になったのはこちらの方の事です。ありがとうございました」
と申しますと、彼女は真剣に、必死になって私の顔を見つめて、話すのです。
その話によりますと、彼女は家の中でお姑さんとぶつかり困ったことが起きたり、子供さんの事について、いろいろと心配な事が出てくると、そっと夫の部屋に来て、一部始終を話すのだそうです。
そうすると夫は、その話に沿ってしっかりと話を聞き、顔の表情を変えるのだそうです。 大きな目でにこっとしてくれると、OKということなので、ご自分も自信がわいてくるというのです。
ダメなときは、悲しそうな目でじいっとみつめているそうです。まさに《蒟蒻問答》ということだろうと思います。あの明るい看護師さんにこのような一面があったとは……。少しでも夫を退屈させないために、この様な手段を工夫されているとは、頭が下がりました。
心の相談というものは、ある程度自分の結論が出ていて、最後のスイッチを相談者に求めることになると思うのです。夫の大きく見開いた目が、こんなところで役に立っていたと思うと私もうれしくなってしまいました。