「千恵ちゃんも苦労したんだよなあ」
とぼそっと言った。昭二兄ちゃんと僕のお父さんはお母さんが違っていて、僕たちのお父さんのお母さんは病気で死んだから、お祖父ちゃんは再婚した。入院しているおばあちゃんが昭二兄ちゃんのお母さんで、だからお父さんと昭二兄ちゃんの年が離れているんだと初めて納得した。
昭二兄ちゃんはお父さんとは体つきが全然違う。細くてすらっとして色も黒くない。一緒に暮らし始めた頃、休みの日にキャッチボールに誘ってくれたり、海釣り公園に連れていってくれたりして、よく話しかけてくれた。夏休みがもうすぐ終わる頃、お祖父ちゃんと平井のおじさんも来て、お父さんとお母さんの骨壺がお墓の下に入れられて、お父さんとお母さんが僕たちの部屋からいなくなった。
千恵姉ちゃんは汗ばんだ僕たちの肩に手を乗せて、
「ここに来ればお父さんとお母さんに会えるからね」
優しい声をかけてくれたけど、部屋にお骨があるときは、小さい声でそっと話しかけられた。もうそれもできなくなった。部屋に置いた二つの箱を見つめて、ほんのちょっと僕がお父さんのことを考えれば事故を起こさずに済んだんじゃないかと何度も何度も思った。たぶん僕は学校にいたら「暗いやつ」と言われるような小学生になっていた。
始業式の日、千恵姉ちゃんは階段の下まで一緒に降りて見送ってくれた。昭二兄ちゃんも
「いよいよ今日からか」
と言いながら玄関のドアの所まで出てきた。由美が話しかけてきたけど、僕はあまりしゃべらずに歩いた。昇降口で
「一緒に帰れる友達はいるのか?」
と訊いたら
「いるから大丈夫ー」
と言うと、元気に走って教室の前に行き、見送る僕の方に手を振ってから教室に入った。由美は友達に会うのが楽しみみたいだったけど僕は緊張しながら階段を上がり、俯いて声をかけられるのを避けた。友達に何を訊かれるのか、なんと答えるのか、そんなことばかりを考えていた。