成長という木

無事に午後の授業は終わった。放課後は部活の為に生徒の多くはそれぞれが所属する場所に向かう。玄関ホールに向かう廊下で生徒たちが何やらうるさく騒いでいた。生徒たちが一斉に見ていた壁には「佐伯玉子の成長の木」が張られていた。

「チョー受けるんですけどー」

純太が思った通りの反応が廊下中に響き渡っていた。生徒たちの笑いで、「佐伯玉子の成長の木」は盛り上がっていた。佐伯はその傍らで満足そうに生徒の様子を見ていた。一緒にその様子を見ていた英語教師の松崎は呆れたように佐伯に話しかけた。

「良いのですか? あんな事発表して」

佐伯は生徒たちの思った以上の反応に少し戸惑いもあった。

「やりすぎちゃいましたかね」

「さあ。私はもう、四十も超えた。成長する事もないから良いけど」

「あら、先生。屋久島には樹齢何百年もする樹があるんですよ。成長するのに年なんて関係ありませんよ」

「そうか」

「そうですよ。何なら紙、お渡ししますよ」

「いや、私は遠慮しておくよ」

松崎は関わりたくないのかそそくさとその場を去った。

「みなさーん。今日配った『成長の木』の用紙は発表したりしなくていいのよ。自分の記録ですから」

佐伯は声を上げて叫んでいたが生徒たちの耳には届いていたのか疑問だった。

純太は真っ直ぐ校門横の自転車置き場に向かう。グラウンドは陸上部とサッカー部と野球部と合同で使う。そんなに広くないグラウンドは窮屈そうだ。純太は野球部だったがいつもグラウンド整備と道具出し、そして球拾いだった。思った以上に激しい練習に付いていけなくて直ぐに退部した。

野球部のユニホームに着替えた野島がキャッチボールをしていた。野島とはクラスは違うが一年部員の中では仲が良かった。でも誰にも相談する事なく退部した純太に、廊下ですれ違っても声をかけてこない。

純太の母親、美由紀は高校選びの時、もう少し頑張ればもっと偏差値の高い学校に行けるのにと残念そうに言った。野球部を辞めた時も

「まったく、あの子は何に対してもやる気がないのよ」

と父親の久志にこぼしていたのを聞いた事がある。久志はそれに対して

「まあそのうち、困ったら自分でどうにかするさ」

と返事をしていた。

妹が生まれるまでの長い間、純太は一人っ子でのんびり育てられた。そのせいか純太は他人と争う事なく生きていきたい性格になっただけだと思っている。

野島は受けそこなった球を追って純太の傍まで来た。野島は短く刈られた頭にNのマークの付いた野球帽をかぶり、砂まみれのユニホームが活躍ぶりを表していた。