「帰宅部か」
と馬鹿にしたように声をかけてきた。帰宅部というのはどこのクラブにも所属していない事をいう。西泉高校では部活は強制ではない。
「望月先輩の事、知っているか?」
と純太の足元に転がってきた球を拾うと言った。
野島の話では二年生の騒ぎの元は望月先輩にクラスの生徒の一人がプロレス技をかけた事が始まりだったようだ。一人机に向かって座っていた先輩に、突然言いがかりを付けて、ヘッドロックに4の字固めをしたらしい。先輩は首を絞められ、反撃できず、とっさに持っていたボールペンの先を相手の腕に刺したらしい。
そいつはいつも先輩に嫌がらせをしていて、今度ばかりは先輩の逆襲を受けたって訳だ。相手が多少の怪我をした事は確かだった。佐伯の言ったようにペン先が少し刺さったくらいで大した事はなかったようだが。
望月先輩は純太が退部する時
「頑張れよ」
と声をかけてくれた、ただ一人の人だった。だから先輩がそんな事になっていると知って驚いた。退部しても、運動部では一年上の部員に先輩という称号を付ける習慣は抜けない。野島は同じ部員として先輩に同情的だった。純太と野島は望月先輩に対する評価は同じだったから思わず情報の共有をしてきたのだろう。野島は純太を嫌っている訳ではない。皆の流れに従っているだけだ。
本気で誰かを嫌うなんて事はあまりない事だ。誰だって相手の事を知りもしないんだから。自分には関係ない事なのだ、だったらその流れに従った方が良くないか? 楽だし。今度はまじまじと純太の額に目をやり
「井上のチョーク投げに当たったんだって? ちぇ、そっちもあんまり大した事ないなあ」
と言った。残念そうだった。
「やばいよな、あいつ」
あいつとは井上の事だ。
「あいつらもやばいよな」
今度は曖昧にアキラのグループをあいつらと言った。望月先輩の事があったせいか、純太の事を気にかけている野島がいた。
「そうだけど、俺はあんまり気にしてない」
と軽く受け流すつもりで言ったら
「お前も相当きもいって言われているぞ。今日の弁当、榊原の前で床に落ちた奴、食ったんだってな、あはは」
純太をバカにしているように笑った。
「わざとだよ」
と強がって見せたが、野島は純太が強気に出れば出るほど憐れむような眼差しを向けてきた。
「ホント、俺は気にしてないから」
「そうか。少しは気にしろよ」
と言ってから、野島は声を落として
「アキラって、中学時代引きこもりだったんだってよ」
と言った。純太は思いがけない情報に驚きを隠せなかった。