河津三郎の死 兄五歳・弟三歳
その日はちょうど河津三郎祐泰の百箇日法要であったが、こはいかに! 満江は袈裟、衣を用意し、出家の準備を整えている。短刀片手に、今しも黒髪を切ろうとしているではないか。
「待て! 待たぬか、愚か者が!」
慌てて嫁の手から刀を取り上げた祐親、激しい勢いで叱り飛ばした。
「一体何をしているのだ! 取り乱すでないぞ、満江!」
満江は手を押さえつけられつつ、反論する。
「いえ、いえ、決して取り乱してのことではございませぬ。夫の最期のその時から、尼となって菩提を弔いたいと……そう覚悟をしておりました!」
「ええ! 短慮なことを……。お前がそんなことでどうするのだ。よく聞け、満江。わしはな、曽我太郎殿と話をつけてきたのだ。お前は太郎殿と再婚し、二人の子供を育てるがよい」
これを聞いた満江、「エ――エッ!」と仰天して叫んだが、祐親は「聞け!」と怒鳴りつける。
「お前は出家して亡き夫の菩提を弔うと言うが、お前が世を捨てたら、子供らはどうなるのだ。あの二人をどこへ捨てるつもりだ。このわしにでも預けるつもりであろうが、わしはもう長くない。しかも仇持ちの身じゃ。わしが明日にでも討たれたら、子供らは身寄りがなくなってしまうのだぞ。母親のお前以外には、誰もあの二人を守ることはできんのだ!そのことをよく考えてみよ!
よいか。曽我太郎はわしにも血縁、お前にとっても従兄弟。二重の血縁者じゃ。よもや、幼い二人を粗略には扱うまい。わしもそこのところは、よくよく頼み込んでおく。満江よ、よく考えよ。菩提を弔うことは確かに立派じゃ。だがそれ以上に、三郎の愛した子供らを立派に育てることこそ、はるかに三郎の望むことではないのか。お前が子供を捨てることを、三郎が喜ぶと思うか。え、どうだ満江!」
こんこんと、噛んで含めるように説得する。老いた義父の言葉は切実であった。その一言一言が胸に染みた。夫が死んで、わずか数か月で他の男の元へ嫁ぐのは悔しい。情けない。けれども――長い目で見れば、これが一番いいのだ。しばらく満江は泣き伏していたが、やがて「はい……。分かりました、義父上様」と、再婚を承諾したのだった。
以上が、講談『子のために再婚』のあらまし。