第三のオンナ、

千春

わたしは、亡き姉と共同で使用していた小さな部屋に入った。ドアノブの鍵を締める。さらに補助錠をロックする。補助錠はダイヤル式で、四桁の番号はわたししか知らない。念のため父が勝手に入らないようにしている。壁一面にはぎっしりと詰まった本棚。だが、詰まっているものの多くは書物ではなく、化粧品とメイク道具である。

小さい頃から使い慣れている学習デスクに座る。折り畳みタイプの卓上三面鏡をゆっくりと開く。ちょっとしたショータイムのはじまりだ。

まずはベースメイク。化粧下地を指の腹を使って顔全体に塗った後、厚みのあるスポンジで肌になじむように軽くパッティングする。スポンジは、ホームベースの形にカットしたものを使うようにしている。目元や目の周りなど塗りにくい部分にしっかり入り込んでくれるからだ。そして、リキッドファンデーション、パウダーファンデーションと、入念に仕上げていく。

次にアイブロウ。キュッと引き締まった小顔に見せるため、眉山の位置をやや内側に作る。すーっと鼻筋の通った高い鼻も重要だ。鼻は顔の中心にある目立つパーツ。ちょっと手を加えただけで、ガラリと見た目の印象が変わる。鼻筋に沿ってノーズシャドウを柔らかな曲線になるように入れた後、ハイライトを効果的に塗る。

アイシャドウ。わたしは肌にくすみがないので、ブラウンを多めにピンクを混ぜて色合いを調整しながら、目鼻立ちがよりくっきりするよう、アイホールに三色グラデーションの影を入れていく。真の美人は、横顔も美人。目の周りをCの字で囲むようにハイライトをやや広めに入れていく。いい感じに立体感が出てきた。

アイライン。わたしは瞳が丸いほうなので、最も慎重になる。キリリとした目に見えるように、ジェルラインを目頭から目尻が少しはみ出すところまでしっかりと引く。下まぶたのラインは反対に控えめにして、ナチュラルさを残す。

マスカラ。目尻のまつ毛を上げるようにビューラーをかけた後、全体にまんべんなく塗る。エクステでもいいが、このメイクに限ってはマスカラのほうがうまい具合に仕上がる。チーク。耳の前から顔の中央に向けて、頬骨を強調するようにいれる。最後はグロス。ツヤツヤなビニール質感に見えるピンクのグロスを、縦じわを埋めるように、唇の輪郭に沿ってしっかりと塗る。

メイク終了~。三面鏡の前で、わたしは顔を上下左右に振った。違和感はないか確認するためである。こんな感じかな。デスクの前に貼ってある女の子の顔写真を凝視する。写真には、正面、横、斜めのほか、あらゆる角度から撮影したものがたくさんある。写真と鏡、鏡と写真、納得するまで何度も見比べる。うん、今日も上出来。

改めて鏡を見る。顎のラインがシャープな小顔。バランスのとれた高い鼻。透明感のある柔らかい唇。クールな切れ長の目。どこからどう見ても……。まゆ実だ。

試行錯誤の末にたどり着いた、自己流の整形メイク。わたしにメスは必要ない。とはいえ、自己流の整形メイクにも限界はある。鏡に顔を近づけすぎてしまうと、まゆ実、ではなく、まゆ実風、に見えてしまう。自分自身がそう感じてしまうということは、まゆ実をよく知る人物ならなおさらだ。

けれど、幸いなことにコロナ禍の真っ只中。マスクは必須アイテム。ソーシャルディスタンスは当たり前。仮にコロナが収束したとしても、予防としてマスク文化が浸透している日本では、街のいたるところでマスク姿の人たちを多く見かけることだろう。時代が、わたしの復讐計画に追い風をもたらしてくれているのかもしれない。