そして事件は起こります。2003年6月13日、ザイロン製の防弾チョッキを着た警官トニー・ゼペッテラ(Tony Zeppetella)さんが銃で撃たれて死亡します。続く6月23日にも、別の警官が重症を負う事件が発生します。どちらも弾丸は防弾チョッキを貫通していました。
ウェストリック博士は、自分で保管していたザイロンの欠陥と東洋紡とSCBAの隠蔽に関するすべての文書を、銃で死亡したゼペッテラさんの妻やその弁護士、州検事総長に送りました。遺族はSCBAと東洋紡に対して民事訴訟を提起、ウェストリック博士はその裁判の証言台に立ち、これまでの経過を語りましたが、それでもSCBAや東洋紡は責任を認めようとしませんでした。
業を煮やした博士は2004年ついに自ら不正請求防止法(FCA)に基づき内部告発者として東洋紡を訴え出ます。「内部告発訴訟」(Qui Tam Action)を起こしたのです。翌2005年6月にはことの重要性を理解した連邦政府がこの裁判に原告として介入しました。
2005年8月、国立司法省研究所(NIJ)は防弾チョッキの調査を行い、ザイロン製の半数が役に立たないことを確認しました。東洋紡は、防弾チョッキを製造したのはSCBAであり、自らは責任がないと異議申し立てをしますが、認められず裁判は結局13年続きます。
2018年2月、東洋紡は和解に同意し6600万ドル(86億円)の損害賠償を支払いました。SCBAはすでに倒産しており、創業者の元社長も個人として政府に12万5000ドル(1625万円)を支払いました。ウェストリック博士は報奨として577万5000ドル(7億5000万円)を受け取ります。
一人の内部告発により、役に立たない防弾チョッキは姿を消し、将来起こるかもしれなかった多くの事故を未然に防ぐことができました。ゼペッテラさんの裁判でも和解が成立しています。
米国では弁護士事務所の広告がいたるところで目につきます。
「皆さん、あなたたちは会社が政府に対する不正請求を行っていることを知っていませんか。それで黙っていてあなたの正義感が満たされるのでしょうか。私のところに来なさい。政府に代わって訴訟を起こすのです。私たちがすべての手続きをあなたに代わって行います。弁護士料金も不要です。報酬が得られたら山分けしましょう!」