復讐
彼はその日常において普遍的な価値の追求に余念がない。数値化可能な価値は彼の人生から急速にその意味を失いつつあり、またその一方で絶対の権威の衣を纏った一つの概念が、しかし善を伴って、彼のその内面においてその支配的地位を確保し始めている。しかも彼は、絶対の権威への無条件降伏の代償として、極めて合理的な精神の安定をおおよそ得ている。
彼は人の言葉を容易に信じない。だがそれは彼がたった一つしかない精神の着地点を模索しているからであって、決して情念に左右されることのない、最も合理的な日常生活の完成形を求めているが故なのである。
しかもその精神の着地点は、それぞれの個性によって異なるためにそこに共通の方程式はなく、それは個々人が自らのオリジナルの「個性の活かし方」を模索し続けることによってしか見つけることができない。
そして彼を漢字一文字で表せばこのようになる。
凪
これは、彼のあるべき精神状態をうまく言い表している。彼は常に安定し、時の流れに抗うことなく、そして価値というものに対して常にフラットである。だからであろうか彼はしばしば「引き算」という言葉を用い、今という瞬間を過去から切り離そうと試みているようだ。
人生の価値は積み重ねていくことができるものの上には存在せず、プラスとマイナスが拮抗している状態においてこそ決定的なものとなる。だがそれはその時点においては確定しないために、誰か彼の後継者(任意の一人物)が現れてその価値を確定させる必要がある。したがって彼は嘘の排除に関しては実に神経質なほどであり、絶えず正と負のバランスを図ることに腐心し、日常に溢れている不都合な瞬間を、如何に精神的に合理的に処理しようか考えているようだ。
ここには幸福に関する彼独自の省察がある。おそらくは、彼の複雑すぎる過去は、一旦彼をその克服へと向かわせ、その後、成功による過去の無意味化ではなく、今という瞬間のための幸福の追求へと舵を切らせたのであろう。
彼は言う。
─すべてはぼくの内側において発生し、また完結する。
この世を覆っているのは事実ではなく認識である。したがって、その時点における高さよりもその時点における角度によってその幸福度は決まる。そこでは、今という瞬間において右肩上がりであると感じられるか否かが実に重要になる。