第一話 ハイティーン・ブギウギ ~青松純平の巻~
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俺は公園のベンチに座り、ウエストポーチの中からビニール袋を取り出した。おやつ代わりの梅干しがいくつか入っている。母君江が漬けているものだ。一粒つまみ、口の中にポイッと放り込んだ。
「すっぺー」
塩分は強いがコクがある。これぞおふくろの味。【一日一粒の梅干しで医者いらず】とはよくいったもので、大きな病気をしたことがない。風邪もほとんどひかない。ガリ。母の梅干しがあまりに美お味いしいものだから、つい種まで噛かんで食べてしまった。
ツーリングを再開し、しばらく流すと、目的地の宇佐神宮に到着。ここは、全国に三万社あまりあるという八幡宮の総本社。国宝に指定されている朱塗りの本殿が、森の緑とあいまってなんともいえない輝きを放っている。俺は、宇佐神宮ならではの拝礼作法、二拝四拍手一拝で参拝し、Uターンした。昼前に築上町に戻ってきた。
いったん家に帰り昼食をとろうと考えたが、国道十号線をそれて綱敷天満宮に向かった。神社にいったばかりだが、また参拝しようと思ったのは深刻な理由があった。失業中。不幸は重なるもので、田舎で一人暮らしをしている母が軽度の脳梗塞で倒れてしまった。
幸い大事には至らず、要介護1の認定を受けた。ケアマネージャーによると、母は足腰が弱っていてふらつきやすいという。そのため、玄関や階段、風呂場などに手すりを設置する必要に迫られた。奇しくも兄貴は海外暮らし。母の世話は俺がするしかない。「よけいな心配はいらん」と母は遠慮したが、そういうわけにはいかないと思い故郷に帰ってきた。
ところが当初、「お義母さん実は苦手なの」と妻に猛反対された。それは予想外の反応というか知らなかった事実だ。「特に梅干し。実は嫌いなのよ」と。実家には梅畑があり、六月に収穫が行われる。梅畑はそんなに広くないけれど、高齢の母には重労働である。そんな母を手伝おうと、俺は繁忙期になると週末に家族を連れて帰省していた。
しかしこの五年間、都合がつかず母の手伝いをできずに申しわけない気持ちでいっぱいだったが、千香子が梅干し嫌いとは思ってもいなかった。だったら、あんな苦々しい顔をしてまで食べなきゃいいのに。千香子は嫁姑の良好な関係を維持するため、母の前では無理をしていたのかもしれない。