佐伯の心の内を詮索する事はなかった。
「今日、生徒に配る予定なんだけど」
「成長の木の用紙ですか」
「そう。この根っこが出発点で」
右が幸せだった事を枝に表す。左が悲しかった事を枝に表して、その出来事を一つ克服する事によって少し成長したと思ったら、真ん中の幹を上に伸ばして描き込む。成長の木はそうやってどんどん上に伸びていく……と佐伯は言った。
「言ってることの意味わかるかなあ。人生、良い事も悪い事もあるけど、めげずにやっていこうっていう、この用紙の意図、っていうか、メッセージね。伝えられたら良いんだけど」
純太は根っこだけが描かれた絵を見つめた。佐伯の思ったように生徒たちに伝わるかどうかは疑問だと思った。佐伯自身もまだ納得できる内容ではなかったが、何とか生徒の為にできる事を手探りしていた。
純太にはそれは大人の考えがちな「理想の木」に見えた。
佐伯は純太を「さあ、授業が終わっちゃう」と、教室に追い立てた。
数学の授業は淡々と進んでいた。純太は自分の席に戻る事を許された。
名簿順に並んだ席に座った。星野、前田、三上。前田純太は慎重に席に着いた。
額にチョークが当たってからの純太に対する教室での雰囲気は明らかにさっきとは違っていた。