あの時 泣くべき時

十分泣けなかったから

出口がない涙が今頃出る

老人になってしまったのに

夫が死を前に恐怖と苦しみを

抱え、なぜ自分なのかを問い

子どもの行く末を案じ 妻を案じ

自分が果たし切れない責任を悔い

堂々巡りの自問を繰り返し

どんなに苦しかっただろう

でも母子で生きていくために

涙を止め前に前に歩いた

今になり過ぎた時間が

よみがえり時が戻っていく

夫の広い肩幅 話す声 怒る声

子どもと押し入れに隠れたリ

酔っぱらって服のまま風呂に入ったり

いろんな姿を思い出す

最後の入院前には

言わなくてもよいのに

自分の死後の道しるべを

絞る声で言い置いた

もう何十年も過ぎているのに

思い出して涙が止まらない