ないものねだり
あまりにも早く夫は旅立った
元気に歩く老人を見ると
その前で土下座をし
「ほんのちょっと 夫に時間をやってください」
地面に額をこすりつけお願いしたくなった
中年の夫婦が仲良く手をつないでいると
その真ん中を通り抜けたくなった
過呼吸で一日入院の夜
隣の老夫婦の会話が聞こえた
夫さんはすでに認知症らしく
夜中までも眠らず
奥さんに何度も同じ質問をしていた
その度に奥さんは穏やかに答えてから
「もうそろそろ寝てくださいな」と言う
その数分後にまた同じことを繰り返す
奥さんは何度でも決して怒らず穏やかだった
「ああ こんな夫婦になりたかったなー」
努力でなんとかなることがあるが
夫婦の形だけはないものねだり
ないものはないので
ねだるなと自分に言い聞かせる
この年でもまだ時々
「ないものねだり」がやってくる