一週間ほどしてから届いた母の手紙の結びに

「日本でもコロラド大のストリーキングの記事が新聞に出ていましたが、お前がいくらおっちょこちょいでも、あんなものに加わるほどではないと安心しています。」

と書いてあったらしい。また『遥かなるケンブリッジ』によれば、イギリスは世界でも有数のノーベル賞受賞国のため、会う人毎に「××ですが、一応はノーベル賞は貰っています」と挨拶するそうである。日本では一人でも受賞しようものなら、天地がひっくり返るほどの大騒ぎになる。現に平成十四年(二〇〇二)は二人一緒に受賞したため、各新聞は毎日のように書き立て、当人達は疲労の極限に達しただろうと思われる。その国の歴史と伝統の違いがそうさせるのかも知れない。

本題の『天才の栄光と挫折』『心は孤独な数学者』の中には、それら天才の真の苦悩と人間像が詳しく述べられている。講座で話された八人の殆どが、天才という天国と地獄を見るが、中でもヴィクトル・ユゴーやモリエール、ボードレールなどと同じ学窓で学んだ「ガロワ理論」を発表したフランスの天才数学者エヴァリスト・ガロワは不運、不幸を地で行き、父の自殺、退学、投獄などを体験し、終には決闘により弱冠二十歳で夭折するのである。まさに天才という地獄を経験した人物と言える。

一方、超難問と言われ、三世紀半の間、誰も証明することができなかった「フエルマー予想」を見事に証明したイギリスの天才数学者アンドリュー・ワイルズは、七年間に亘る不撓不屈の精神力をもって苦闘の地獄を通過し、ガロワとは対照的に終に夢にまで見た天国に辿り着くのである。