美術は美大に合格した沢辺やその仲間が続けていくべきものであって、お前みたいな美術家になれない人間がいつまでもしがみついてちゃいけないって言いたいんだな、沢辺……と無言の言葉を浮かべて、階数を示す表示が次第に数を減らしていくのが、自分のやめどきを示すカウントダウンのように見つめてしまう。

一階につき外に出るのと同時に、

「……でも、君にそう思われていたからといって、オレ、やめないよ、才能があろうがなかろうが、オレはやりたいからやるし、つくりたいからつくるんだ」

と振り向きもせずに先を歩く沢辺の背中に気づかれないような声をぶつけていた。声は人ごみにまたたくまに紛れていったけれど、沢辺には伝わっていたかもしれないと不思議とそう感じていた。すると、沢辺から返答がきた。

「そんなコンプレックス持っている時点でお前は負けてるじゃないか……」

とささやきが聞こえてきたからだが、修作をおいてけぼりに進む沢辺の肩口からは、沢辺自身の

「美大には入ったけれど……」

てんてんてんに言葉にならない沢辺の屈託がだだもれて、ぼとぼとと足元からこぼれ落ちるのもまた修作には見えてしまうのだった。

修作の生家から南に数百メートルの森のなかに、コンクリートでつくられたシェルターのようなものがある。周囲は木々が覆い、鬱蒼としていて、昼間でもじめじめした暗い場所で、危険だから行くなと大人から言われていた。

しかし先輩たちに引っぱられ、一度だけ怖いもの見たさに集落の子供らで探検したことがある。

それは探検というにはあまりに淡白なもので、シェルターの入り口から入り、真っ暗な奥へと足を踏み出せる人はなく、入ったらもうこちらには戻ってはこれないとびびり、手前のコンクリートの所を囃し立てながら走りまわり、びびりをごまかすのだが、そのうち誰かが逃げようと走りだすと、次々とそれに続いた。

何か怪人が闇の奥から現れて、静かな眠りをさまたげたのはおまえたちか、というような怒りをかったと子供らは勝手な妄想を共有して、森を抜け出し、荒い息をつきながら、ひとり足りないことにようやく気づくのだった。

【前回の記事を読む】「愛とは忘れないことだ」たった一夜の思い出を胸に生涯を暮らす我が人生