第1章 山本果音
一.春とともに現れた少女
果音にとって母親は、大して面倒も見てくれず、姉ばかり褒めて自分をバカにする、嫌な大人の代表なのであった。力任せにカーテンを開けた果音は、バーバラをキッと睨んだ。
「なんで、母の話が出てくるんですか!」
「え、だってお母さんが産んでくれて、色々教えてくれて……」
「分かりました! もうやめてください! 母のこと、大嫌いなので!」
「そっか、ごめん。じゃあ、お詫びに踊るね」
「は? いえ、結構……」
言うが早いがバーバラはもうスタンバイしている。どうせ体操みたいなものだろうと、果音は思った。唇を尖らせながら、自ら歌う曲に合わせて、バーバラはキレッキレのダンスを踊る。一通り踊って見せたバーバラは、これでどうだと言わんばかりに、キメのポーズをとった。息は少しも乱れていない。
(この人、いったい……)
果音は目を丸くしながら、バーバラを見つめる。
「どう? カノンもカモン、ご一緒にYeah!」
「いっ、いえ。私はセンスないので」
「そう? じゃあまた今度、踊ってあげるYo」
「あっ、それも結構です。それよりダンスは習ったのですか?」
気になった果音は、つい聞いてしまった。
「あ~これ、自己流よ。でも、東京の遊園地で踊ったことあるよ」
「マジか!」
「あと、関西のテーマパークで踊ったことも。まぁ、注意されたけど……」
「なーんだ。ダンサーとしてではなく、勝手に踊っていただけですね。ただのメイワクな人じゃないですか!」
「えへへ」
バーバラが恥ずかしそうに笑う。
(でも、自己流でこんなに踊れるなんてすごいな)と、果音は少し感心したのだった。
突然、バーバラがすっとんきょうな声で聞く。
「果音ちゃん、そういえば、何でここにきたの?」
「そ、それは」
「ああ、ブラウスは洗濯してかわかしておくね~」
(しまった! またババアのペースだ。ああ……、まけた)
またもや敗北。果音はただ悔しかった。
ピ~ッピ~ッ。ブラウスの洗濯が終わった。日差しの眩しさにバーバラの心が踊る。軽やかなステップを踏みながら窓を全開にすると、頬をくすぐる初夏の風が心地よい。体育の時間なのだろう、ホイッスルと歓声が真っ青な天を衝く。
洗濯物のいい香りに癒されながら、バーバラは保健室にある洗濯機を見る。ボロボロで、いったいいつ購入したものかも分からないが、バーバラにとってはありがたい道具だ。洗濯機を見ながらバーバラは思う。
(色々なものを洗ってきたな……)
転んで泥だらけになった生徒の体操着、鼻血のついたワイシャツ、何かの拍子に汚れてしまった下着……。