「フー、まるで学校専属の洗濯おばさんだわ」
三十年前は想像もしていなかった。こんなにも雑用が多いことを……。そう。思えば三十年前、うら若き新任教諭だった頃。何も分からず夢だけ見ていた。バーバラは最近よく、その頃に思いを馳せるのだった。
「フフッ、歳のせいかしらね」
バーバラは、初めて赴任先の学校に到着した時の校庭を、あの春の輝きを、今でも鮮明に覚えている。ぽかぽかと心地よい日であった。校庭でサッカーをする少年たちの姿が見える。バーバラは心の中で挨拶する。
(少年たちよ、今日からよろしく!)
少年たちがバーバラを見る。彼らのざわめきがバーバラの耳をくすぐる。
「新任じゃない?」
いつの間にか少年たちの目は、バーバラに釘づけである。気合いを入れてパーマをかけた甲斐があったと、バーバラは喜んだ。
(フッ、そんなに見るなって)
ざわざわ、ざわざわ……。
「何か似てね?」
「うわ、そっくり!」
「本当だ。そっくり!」
「マ……」
「マラ……」
「サッカーの天才、マラ様だ!」
「すげぇ! お!」
湧き上がる歓声とともに、バーバラの理想であった「やさしいお姉さんみたいな先生」像は、ガラガラと、音を立てて崩れた。そう。何を隠そうバーバラは、ちょっと色黒で筋肉質なのだ。しかしバーバラは次の瞬間、満面の笑みを浮かべ、ちぎれんばかりに手をふった。
「皆さん! こんにちは~サッカー頑張ってください!」
「うぉ!」
再び、歓声が上がった。初めて会った少年たちに、手をふるバーバラ……。こうしてバーバラは、華々し先生デビューを果たした。理想とは随分かけ離れてしまったが、これが現実なら甘んじて受け入れようと、彼女は腹をくくった。そして、大切なのは生徒の期待を裏切らないことだと自分に言い聞かせた。
その日から、バーバラは暇を見つけてはリフティングの練習をし、サッカーの雑誌も読んだ。ルールもたくさん覚えた。何か目立ったことをするたびに
「さすが! マラ様!」
と言われたが、決して嫌ではなかった。時の流れとともにニックネームは変わったが、今でも「マラ様」と聞くと、懐かしさで胸がいっぱいになるのであった。