第一章
2 七月三十一日挑戦開始
慣れきった生き方をぶち壊して、新しい人生の可能性を探りたかった。過去という秘境、青春の暗い森に分け入り迷い込み、己を堕落や愚劣、無意味と虚無に染め上げ、目の粗いヤスリでこすりつける。澄ました係長面している自分を、ヒリヒリするマゾヒスティックな喜びと情熱でもって、破壊してみたいのだ。
するとそれは、小説を書けるようになるためとはまた別個の、それ自体が価値ある面白そうな行為にも思えてきたのである。過去をもう一度生きてみる。かつて記した日記の通りに──。
想像するだけで、ワクワクした。そして危険で、ゾクゾクする。考えてみれば、若き日の自分を生き直すなんて、これまでなんとか生き延びてきたからこそようやくやれることになった、オジサンの冒険ではないか。オジサンだけに与えられた特権ではないか。やらないなんてもったいない。
そんな夢をしばらく前から抱いていた折、それを後押しするように会社がつぶれてくれたものだから、もう二度とこんなチャンスはないとして、私は故郷に帰ってきた。それでこんなことをやっているが、暑くてつらくて、今からでも遅くない、やめるか? いや、さすがにまだ早いだろ。やめる気になればいつでもできるのだから、もうちょっと頑張ってみなよ、オッサン。
暑さにやられて自問自答も面倒になる。とにかく今は、涼しい図書館に早くたどり着きたい。私は懸命にペダルを漕いだ。
図書館はあまり混んでいなかった。コロナ下なので滞在時間を短くするよう、入口には注意書きが掲示されていた。いつもならば夏休みに入った学生たちが、勉強部屋として涼しい図書館を利用していてこの時期混んでいるはずだが、こんなところにもコロナは影響しているのだ。読書用の長イスやテーブルには、ひと席空けながらぽつぽつと利用客がいるばかり。
通路にも本を探す人たちがぽつぽつ見かけられる。皆マスク姿で、静かである。本当に久しぶりに来たので懐かしい。図書館独特の雰囲気に囲まれ、私は御上りさんのようにきょろきょろと館内を見渡してしまう。本棚の配置はほとんど変わっていないような気がする。本棚の位置が同じでも本の科目が変わっているところはあるだろうか。