【前回の記事を読む】思わず抱く淡い期待「この人が自分の探している女性なのでは…」
第一 雑歌の章その一
鵲の橋
今日は七夕の節句……ということは七夕だから彼女が一日限りで戻って来たのかもしれない。
そう思って立ち止まり振り返ると女性も店の外に出て自分を見ていた。
危うくそこで視線が合いそうになり、小さくお辞儀して急いで僕は歩き出す。
坂道を上がりながら彼女と過ごした懐かしい日々が次々に巡ってくる。
結果やるせない気持ちが胸から零れてしまうが、いつもとは明らかに違う。
帰り道は心に宿った青い灯りに暖かく照らされているのを感じるから。
視線を落とすと店を出てからブルースターとエリンジウムにずっと見られている気がする。
家に着き庭に育つカタバミに、「ただいま、今日は友達が来てくれたよ」と優しく声をかけて玄関を開けると、「おかえりなさい」と明るい声と笑顔で母親の優海が出迎えてくれた。
「あら、ブルーが素敵。珍しいお客様ね、七夕だからかな。すぐ用意するから待ってね」と花瓶を取りに行った母親を待つ間、「花の気持ちがわかるとお母さんは言うけど本当なのかな。君たちの気持ちもわかるのかな」と花に話しかけていた。
花瓶に水を入れて戻り彼から花束を受け取ると生けながら、「あなたたちはどうしてここに来ることになったのかしら」と母親は真顔で花に聞いていた。
いつも花を買って飾っていたのは母親なので家の中で花に話すのを初めて見た。
「買ってきた花にもそういう風にいつも話してるの」と聞くと、「そうよ。全ての草花には人間と同じで心があるから彼女たちと同じ気持ちで話せば必ず返事してくれるのよ」と母親は答えた。
「じゃあ、なんて言っているのか教えてよ」と意地悪く聞いてみると、「素敵な女性の所から来たと言ってるわよ。その人はあなたを見て驚いたみたい。そうなの……その女性も花と話ができるのね。この花にはあなたへの想いが溢れているのね」と母親は言った。
「そんなわけないでしょ」と僕が言うと、母親はブルースターを撫でながら【信じ合う心】、エリンジウムに目を遣って【秘めた思い】と不思議な言葉を呟いた。
それに呆然としていると、「花をあなたに渡す時にその女性が何か言ってなかった」と母親は付け加えた。