【前回の記事を読む】【闘病記コンテスト大賞作】ALSの夫のため、療養室作りへ!わからないことばかり、頼みの綱となったのは…

筋萎縮性側索硬化症患者の介護記録――踏み切った在宅介護

(三)てんてこ舞い、夜逃げ、朝逃げ、昼逃げ、大わらわ

いよいよ引越しとなりてんてこ舞いです。子供たちは仕事が忙しく、土曜日、日曜日の二日間しか引越しの日として空けられないということになりました。静岡から転居以来十年余り住んだとなると、いくら何も無いとはいえ、かなりの荷物があるものです。しかし、今度のマンションにはそんなに物入れもなく、到底今までの所にある物全ては入りきれません。

とにかくいわゆる断捨離をせざるを得ません。『思い出』として、アルバムの主な物、今は亡き私の父や母の写真、親戚の人々の写真などほんの数葉、また当面の必要最小限の物以外全て捨てました。これから続くであろう在宅での介護の生活を考えたら、余分なものは一切持ち込めません。三十余年分の私の日記帳も、その数からしてとても持ち込めません。

そこで私は心を決めました。古稀もとうに過ぎもう一、二年で後期高齢者となる今、この際人生の一区切りとして過去を捨てることにしようと。日記類をすべて捨てました。しかし、このうち最近の十年間の日記については、子供たちの会社の従業員が、この引っ越しを手伝いに来ておられて

(これはお母さんの大事なものだから)

とわざわざ捨てられた物の中からこの日記を見つけ出して、私に届けてくださいました。意を決して別れたとはいえ、いざこうして手元に戻ってみると、なんとも愛おしく、胸に抱き、泣きました。

(ごめんね。どんな事情があろうとも、もう捨てることはしないから。これから始まる介護の生活をしっかり見ていてね)

と。

こうして平成二十三年八月十三日、夫の自宅に家におけるALS療養が新しいマンションでスタートとなりました。ヘルパーの二人体制はお飾りではないのです。ある日、家族三人が揃って出かける用事が起きました。