『生きる』
ビタミンバーをかじりながら、音声ニュースをクリックして身支度を整えた。
インタビュアーのこの抑揚のない声はどうにかならないものだろうか?
薬に頼らず生きるには私たちはどのような方法が残されているでしょうか? 今や世の半数が神経伝達物質に関する薬に頼らざるをえなくなっています。
人間の本来持っている治癒能力を復活させるためには……
人間は気がつかなくなっているのですよ、本当はそういう力が備わっているということにね、少しでもじっと静かにしていれば、ああ、これは取り入れてはいけないものだとわかるはずなんですけどね。
体はわかっているのですよ、しかし肝心な脳がうまく働かない、専門家はあの電波のせいだと言ってはいるがね、それだけではないでしょう。
初老のコメンテーターは某有名大学の名誉教授だと紹介されていた。もっともなものの言いように納得してしまいそうになるが当たり前のことを発言しているだけだ。その後重要な発言を期待していたが、何もなく当たり障りのないことを喋り続けて終わった。
時間を確認すると始業六分前だった。仕事用のパソコンを開きコーヒーを飲み干す。カップを流しに持っていこうとカウチから立ち上がった瞬間、言いようのない吐き気が襲ってきた。咄嗟に口を押さえ流しに向かう。しかし吐くものなど何もなくただ苦い唾液が口内に充満するだけだった。
急に、不安と幸福が入り混じった複雑な気持ちと共にあの日の記憶が鮮明に蘇ってきた。
佐々の部屋、焦げ茶色した革張りのソファー、しっとりと伸びて素肌を包んでいる。私は目を閉じる。瞼に暖かさを感じる。光の中で見たものは佐々の息づかいと上下する肩、手から発する匂い。
中に広がる無数の生命。
あの日、あの時間、あの一瞬のことなのだと、はっきりと認識した。