『誤作動』
彼女は窓際の席でいつも本を読んでいた。本の傍らには必ず背の低いグラスがあり、その中には氷と透明な液体が注ぎ込まれていた。僕はそれをまだ飲んだことがない。彼女は読むことに集中している時もあれば、本を伏せて外を見ている時もある。グラスには口をつけずにそのまま放置されている時もあった。
流れる水滴を僕は不思議な気持ちで見ていた。彼女は何を考えているのだろう、そう思わざるを得なくなっていた。
その日僕は一人暮らしのためにソファーを買った。分厚い壁の巨大な建物からすれば、小さくて壊れそうなこの住居は僕にぴったりだと思った。僕が存在してから二十六年、ずっとこの分厚い壁から出たいと思っていたから何も持っていなくても不安ではなかった。
ただ、腰を下ろす場所は必要だ。茶色い革張りのどっしりと重いソファー。そこでゆったりと座り、窓の外の景色を見ることが僕にとって重大なことのように感じた。
僕の荷物は少ない。パソコンと充電機器、そして少しの衣類をクローゼットにしまい込むと、もうすることはなくなった。ソファーは後日届くので配置しようと思っている場所を空け、そこにあぐらをかいた。あぐらの真ん中にノートパソコンを乗せ、来にメールをする。
僕には両親はいない。知っているのは来だけだ。
ルールは守ること
来からの返信には最後にそう書かれていた。何回も聞いていることだ。外へ出ると花の香りがした。暗闇の何処から匂ってくるのか目を凝らしたがわからなかった。夜風が頬に当たる。路地裏のアスファルトに提灯の灯りが落ちているのを懐かしい気持ちで見ていた時だ、ふと前を見ると彼女がいた。
あの窓際の席で本を読んでいる、着ている服や髪型は違うが確かに彼女だった。目が合う。彼女が頭を下げたので僕も頭を下げた。そして、それが彼女との最初の出会いだった。僕は彼女のことが知りたかったのでそれを受け入れることにした。ただ知りたかったのだ。
彼女は素晴らしく複雑だった。データ通りにはいかないのだ。疲労は快楽のようになり、彼女を理解しようと躍起になっていた。 そんな時に来から連絡が来た。
サロンに来てください 話したいことがあります
僕は拒否するわけにもいかず、次の日、日が高くなってからサロンを訪れた。