来は受付にいて、いつものように淡々と案内された。

「1ーDにお入りください」

そう言うと、立ち上がりもう一人の受付に耳打ちしてさっさと奥の個室に進んで行ってしまった。僕は追いかけるように後をついていく。

「ルール」

部屋の戸を閉めるなり聞かれたので何も言えず黙っていた。

「覚えてる?」

「ああ、覚えてるよ」

「守ってる?」

部屋の中は無音なはずなのにジーッというような音が、かすかに聞こえてくる。

「興味を持ったらいけないのかなぁ」

「知りたいと思うことは学びになるよ、多くを取り込んでもっと進歩できる」

来の息を吐く音が聞こえた。

「佐々は何もわかってない」

僕は何もわかってないのだろうか? わかりすぎているのではないのだろうか? そんなことが頭をよぎる。

「佐々、博士が怪しんでいる。せっかく自由になれたんだからルールは守らないと」

僕は何のために存在しているんだろう。しかしそんなことを聞いても答えはわかっていたので来を安心させるために

「充分、気をつけるよ」

とだけ言った。

外へ出ると雲一つなかった空が一面厚い雲に覆われ、今にも雨が落ちて来そうだった 雨の匂いがする。一雨来そうだな、そう思っていると道路を挟んだ向こう側に彼女の姿を見つけた。さっきの来の言葉も忘れ、駆け寄っていた。いや、忘れたんじゃなく抑えきれなかったのだ。僕のこの気持ちは僕自身が認めるほかなかった。

「偶然だね」

「ほんと、びっくりした」

「今日は仕事だったの?」

「うん、佐々は?」

二人とも交互にお互いのことを聞き合った。知っても知っても足りなかった。だから僕は彼女の目を奥の奥まで見つめた。そうすると決まって彼女は目をそらす。僕は決まって不安になる。

【前回の記事を読む】始業6分前。不意な吐き気とともによぎったのは「あの時のこと」