『不揃いな微笑み』

ママが和室でキューブ型の回転パズルをしている。

カシャカシャカチッ、カチカチカチッ、カチッ、規則正しく乾いた音が聞こえてくる。キューブ型の回転パズルは海外の有名な美術館の名が印字されている。私はその美術館に行ったことはないがキューブの面が揃った時にのみ現れる絵のことは知っている。

モナ・リザ。完璧な微笑みだと感じる。

ママはそのキューブ型の回転パズルを触っているだけで絵を揃えることはしない。できないのか、わざとなのかは知らないがモナ・リザはいつもバラバラに切り裂かれた絵画みたいなままベッド横のテーブルに置いてある。ママの賑やかなテーブルの上にそれはそぐわない気がして私はいつも悲しい気持ちになる。

ママはいつからか笑わなくなってしまった。

パパがいた時期、ママはよく歌っていたしとても陽気だった。

パパは私が小学校に上がる前にこの家からいなくなってしまった。その日のことはよく覚えていて雲一つない青空の広がる日曜の朝だった。三人で動物園に行く約束をしていたのにパパは家に帰ってこなかった。

「お仕事が忙しいのよ」

ママはそう言って私たちはお昼まで待つことにしたが、無駄だった。仕方がないので近所の噴水と緑の綺麗な公園に、ママが作ったお弁当を持って出かけた。

私はママに申し訳ないほど不機嫌で、パパの卵焼きが食べたかったとか暑いやら虫がいて嫌など何かにつけて文句ばかり言ってママを困らせた。ママにそんなことを言っても仕方がないことくらいうっすらとわかっていたが、どうしても止まらなかったのだ。

ママは何も言わずに黙っていたし、公園の隅にある滑り台やジャングルジムのてっぺんから手を振ってはしゃいでいた。「麻子もおいで」と。

今思えばそれは私を励ますためであり、ママ自身が正常な気持ちを保つためだったんだろうなと思う。

パパには私たちの他にも家族がいて、パパはその家族のもとに帰っていったのだ。そこが中心で私たちは外側だったということ。パパが本当に愛しているのは中心で、ママにとっては私とパパが中心だということ。ただそれだけのことだ。もう深く考えないことにしている。