『不揃いな微笑み』
父が愛した女を今度は兄が愛そうとしているのを知り、私は居ても立っても居られなかった。母のように冷静ではいられなかったのだ。父の恋人に子どもができたと知った時、母は既に知っていて私が女のところに文句の一つでも言いに行こうとする空気を察知し、すぐに止められた。
「生まれてくる子どもには罪はないのよ」
そんなことを言って私の手を優しく握った母を思い出し腹が立ってきた。母は優しすぎるのだ。それが父への愛だとしても私には納得が行かなかった。
自分の家族を守ろうとすることの何が悪いのだろう?
その当時私は父に涙を流して懇願した。お願いだから私たちを捨てないでほしい、戻ってきてほしいと。
母はもしかしたらそんなことは望んでいなかったのかもしれない。母は段々と口数が少なくなり、どこを見ているのかわからない目で私を見るようになった。そして母は自分で自分の命を絶ってしまった。母はわかっていたのだ。父がもう自分を愛していないことを。
父はこの家に戻ってきた。一つ得られたのに一つ失ってしまったと思ったが私はそれで十分だった。父が戻ってきたのだ。
私は母のような女ではない。私は兄を愛している。ほしいものは絶対に譲りたくない。