ベッド横のテーブルの上に立方体を置く。麻子がまた立方体全面を完璧に仕上げていた。私はバラバラにして元に戻す。
テーブルの上は恋人からの土産物でごった返していた。恋人は国内外構わず大きなバックパック一つで旅に出ていく。そしてここに戻ってくる。その度に土産物を買ってくるからもうそろそろこのテーブルの上は限界だ。いらないと言っても買ってくる。
「旅先でもあなたのことを想っていたいから」
日焼けしているのに涼しげな表情で呟くからもう何も言えなくなってしまう。
昼過ぎ、図書館の貸し出しカウンターに恋人の妹だと名乗る女が声をかけてきた。その場で話すような雰囲気ではないことを感じ取り「違う場所で話しましょう」と裏の駐輪場へと連れていった。西日が傾きかけ建物や車輪の影を落とし私はそればかりを見ていた。
兄を振り回さないでほしいこと、別れてほしいことを必死に訴える女は、私が黙って足元ばかり見ているから聞いていないとでも思ったのだろう。
「あなたは話もろくに聞けないのね」
吐き捨てるように言われた。だから私は答えた。
「あなたが決めることではないのよ、お兄さんが何をしようとそれはお兄さん自身が決めることなの」
本当はこんなこと言いたくなかった。
私は臆病であり狡い人間だ。恋人の好意に甘えている。私は心の空洞を恋人で埋めようとしているのだ。埋まるはずもないとわかっていながら。恋人の妹が何か言いかけたが、いたたまれなくなり仕事場へ戻った。上司が心配して「もう帰っていいよ」と声をかけてくれた。ガタガタ震える体は帰宅するまで治らなかった。
ピルケースから錠剤を一つ取り出しそのまま飲み込む。硬い粒が喉を下りてていく。ベッドに寝転び布団を頭まで被り目を瞑る。こうすると少しばかり落ち着くのだ。私は幼い子どものように丸まって自分自身を抱きしめた。現実はとても寒く感じる。