第1章 山本果音
一.春とともに現れた少女
果音を教室に戻し、バーバラはようやく席に着いた。今日中に新入生のデータを打ち込まなければならない。
バーバラはふと、校庭に目をやる。
春だ。心地よい風が吹くたび、ふわーっと桜の花びらが舞う。
空の青、山の緑、満開の桜のピンク、レンギョウの黄色。何とも言えない美しい調和がしばしバーバラの目を楽しませてくれる。
この季節、保健室からの眺めは最高だ。
養護教諭として三十一年目の春である。
この間バーバラは「養護教諭」としての誇りとともに、ちょっとした不満も持ち続けてきた。
保健室の先生は優しくて、温かいという先入観。そして養護教諭に対する認知度の低さである。
世間では未だに、養護教諭を「保健室の先生」または「保健の先生」と呼ぶ。
たとえば、こんな感じだ。
「ご職業は?」
「はい。養護教諭です」
「?」
「えっと、いわゆる保健室の先生です」
「あぁ~」
となるのである。
ましてや他の先生たちと別もの扱いされ、教員免許を持たない学校職員だと誤解されることもしばしばだ。
それでもバーバラは、長い間ひたむきに頑張り続けてきた。
公立の学校なら給料もそこそこもらえて、退職金を励みに、毎日の平穏を願いながら過ごせたのかもしれない。しかし、バーバラの場合は私立学校での勤務であり、給料も雀の涙。退職金もさほど期待できない状況下で働いている。
私立の中高一貫校と聞けば素晴らしい響きであるが、学校が掲げる「文武両道」「輝かしい未来」が、時に平和な学校を揺さぶることがある。
正直、実情は厳しい。より良い実績を残すためにはお金も人材も必要だが、現状は十分とは言えない。