雄太が「美男美女同士でお似合いですね」と持ち上げるとまんざらでもない様子で頬をゆるませた。「実は僕、小松で小さいながら料理屋を持っていて、彼女にはその小料理屋の運営を任せているのでね」と驚きの話を何気なく語った。雄太は山本さんもなかなかの遣り手、敏腕家だと感心した。その彼女も山本さんの自慢の女性であろう。

明治時代の甲斐性ある元勲が囲ったように、正々堂々と胸を張るわけにはいかない。奥さんには内緒だというのだ。

しかし公然の付き合いと思われ、奥さんは二人の仲を知らん振りをしているのではあるまいかと雄太は勘ぐった。奥様は、身の程知らずと思って非難すれば、夫婦間に波風が立って不和となるので、平静さを装って接していたのではないか、それが賢婦というものと考えていたに違いない。

山本さんは明治大学の法科を出て司法試験に挑戦中との野心。議員秘書、市議会議員、司法試験受験。忙しい三足草鞋がけではなかなか司法試験に合格するのは難しいような気もするが……。

山本さんは雄太に話しかける。「青山君ね! 僕は司法書士の資格だけでは満足していないんだよ。願わくば、司法試験に合格して弁護士を目指すのが夢。そうすれば、もっと上の職種、県会議員とか、市長も視野に入ってくる」と目を真っ赤にしながら、部屋の隅に立てかけられた掛け軸を睨んだ。掛け軸には秀吉の辞世の和歌、「露と落ち露と消えにしわが身かな浪花のことも夢のまた夢」と書かれていた。

雄太の意図を汲み取る風でもなく、泰然自若と得意げにしゃべり続けた。山本さんはアルコールと言えばビールから飲み始めるが、すぐに日本酒へと移行するのがいつもの習わしである。しかし、今日は料亭との取り決めで、アルコールの出し方の順序が異なっての嗜みだから仕方がない。

一献酒が入った後には、今日に限っては、もっぱら政治談議はさておいて「青山君、ところでうちの親父の息子(岡田衆議院議員の長男)が同じ社会党議員の柳沢仲秋氏の長女と婚約しているのを知っている?」と酒が入っているせいか口が軽くなっている。すべり止めがきかないのか、不用意な発言だ。「いや初耳ですね」と驚きの表情を見せると、図に乗ってきた。