一方、悠真には美月の心の変化を知る由もなく、美代子の料理を手放しで喜んでいた。

悠真が見せた空になった器を見て美月が「美代子さん良かったですね、私もこの通り」と言いながら空になった器を見せた。食卓にはまだ、オリーブオイルを熱した香りと魚介類独特の匂いが充満していて、この空間だけアンダルシア地方の風情を醸し出していた。

悠真は自室に戻る時、台所の跡片付けをしていた美月の背後から

「美月、今晩から風呂の介助はまたお願いね。美代子がギブアップしたそうだ」

「美代子さんから伺っています。慣れないと大変ですから。私の仕事の大変さが分かっていただいて良かったです。これまで続けてきた甲斐があります」

美月は少し脂っこい食器に洗剤を付けて水道の蛇口を強にしながら、内心嬉しく手元が弾んでいた。

「じゃあ」と言いながら悠真は台所を後にした。

一足先に自室に戻った美代子は美月とのパエリア作りの共作は初めてだったこともあり、出来上がりが不安で悠真の「美味しかったよ」の一言を聞くまでは針の筵状態だった。

疲れがどっと出てしばらくベッドに仰向けになり寝そべっていた。天井を見つめていると頭の中にいろんな事柄が走馬灯のように目まぐるしく浮かんでは消えていった。

共作とはいえ美月さんの仕事を邪魔しているんじゃないか、彼女は明るく振る舞っていたが本心はいかがなものだったのか、自分でも判断がつかなかった。悠真さんにしても先日の入浴介助の一件もあり、美月さんの領域まで侵食したことを、どのように感じているのか知りたいとも思った。

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