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あなたの好みかどうかわからなかったから、行かなかったんだけどと、珍しくトモコさんが前置きをして連れて行ってくれたのが、アテネオ書店グランスプレンディッド劇場支店だった。

劇場を改装して造ったという本屋は、客席だったところに本棚が並べられ、天井のドームにはフレスコ画が描かれている。ブエノスアイレスに行くと決めたころ、不思議なくらいSNSのタイムラインで何度も目にした「世界で二番目に美しい本屋」さん。いつか行きたいと思っていたところだ。

「知ってたの?」

「知ってたけど。ここ? ネットの写真は店内だけだったから、入り口がこんなに地味だとは思わなかった」

「外観に騙されちゃダメってことだよ。本屋も人も」

本棚の間を縫って、舞台まで行く。舞台はカフェテリアになっている。舞台の中央に、運良く二人分の席があった。トモコさんはおもむろに赤いコートを脱いで、ゆったりと椅子に座る。私も同じように座る。私はトモコさんのおかげで、どぎまぎすることもきょろきょろすることもなく、コーヒーを注文することができる。

舞台の上から、改めて照明の当たった本棚を眺める。バルコニー席だったあたりにはソファも置かれていて、そこで本を読んでいる人もいる。二階三階のバルコニー席の装飾がすばらしい。舞台にいる私が観客になっている。まだまだ私は観光客の端くれなのだと思う。ここで生活している人にはなれそうにない。あくまでもお客さんなのだ。トモコさんはどうなのだろう。お客さんなのだろうか。

舞台が、カフェスペースになっていることは知っていたけれど、写真で見るのと実際にそこにいるのとでは全く違う。「そこにいる」ということは大事なことだと思う。

ここが本屋になったのは二〇〇〇年だというから、フリオがいたころは本屋じゃなかったかもしれない。天井に施されたフレスコ画や、壁や柱の装飾を眺めていると、中世風のドレスをまとったヨーロッパ貴婦人が何処かから現れるのではないかと思われてしかたがない。ここ、ブエノスアイレスには世界三大劇場の一つと言われている劇場があり、世界で二番目に美しい本屋まである。

こうした光景だけ見ると南米のパリと言われているというのもうなずける。誇り高い文化を感じさせる。フリオは日本の景色をどのように見たのだろう。私が当たり前だと思っている神社の砂利道や、寺の屋根や、のっぺらぼうのように立ち並ぶまちなかのビルや、夜になるとやたらに明るくなる飲み屋のネオン街は、ブエノスアイレスには見られない。