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トモコさんは、毎日のようにお茶に誘ってくれた。お茶を飲みながら、たわいないおしゃべりを楽しむ。
「公園を歩いていると、大きな犬を何匹も引き連れた人をよく見かけるんだけど」
私は、気になって仕方がない、ブエノスアイレスの犬事情を、トモコさんに尋ねる。一人で、そんなにいっぱい犬を飼っているのかと。
「ばっかねぇ、そんなことあるわけないじゃないの。あの人たちは、飼い犬を散歩させてお金をもらってるの。まあ、いわゆる犬の散歩屋さんといったところね」
「飼い主は?」
「他にやることがいっぱいあって、犬の散歩なんかしてられないんじゃないの?」
「糞の始末とかはどうしてるんだろ?」
「そんなこと、この国の人たちが気にすると思う? 私は思わない。気をつけたほうがいいわよ。犬の糞。下見て歩いてないとウンがつく」
トモコさんは大きな口をあけて笑った。それから、踏むと幸運が訪れるって言われてるらしいから、踏んでも気にしない。と小さな声で言ってさらに大きな口を開けて笑う。誰も注目しない。大きな声でしゃべり、大きな声で笑うくらいで驚かれるようなことはない。
犬の飼い主は、犬といっしょに散歩しないとなると、飼い主としての楽しみはいったい何が残るのだろう。飼い犬が、散歩屋さんのほうに懐いてしまうということとかないのだろうか。疑問はあとから出てきたけれど、トモコさんは次の週から始まる長期休暇に話題をシフトした。
「セマナなに?」
「セマナサンタ。一週間。イースターならわかる? 時期が近いし、ゴールデンウイークみたいなものだね」
「お店にイースターエッグがあった。イースターが休みっていうのはキリスト教文化だね」
日本でも、最近はイースターエッグとかがスーパーのお菓子売り場に並んだりするけど、フリオからイースターとかセマナサンタのことは聞いたことがなかった。こっちにいるからわかることが増えていく。日本人の私には、当たり前ではないことも、フリオにとってあまりにも当たり前のことだったから、話題にしなかったのかもしれない。
フリオとパソコンでビデオ通話したとき、セマナサンタのことを聞いてみたけど、「家族で集まったかな、どうしたかな、覚えてないな」で終わった。